【令和5年度】 建設業における過労死等事案の労務管理視点からの分析-建設業における精神障害認定事案の社会保険労務士の視点に 基づくケーススタディ研究-
研究要旨
この研究から分かったこと
建設業では「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」に関連した心理的負荷要因で精神障害の労災認定を受けている事案には、暴言・暴力に関連した事案が多い傾向にあった。犯罪行為と思われるような事案も含まれており「嫌がらせ・いじめ(パワーハラスメント)」を容認する企業や職場風土の改善が喫緊の課題である。コンプライアンス意識の醸成、メンタルヘルス対策の導入、就業規則の整備、コミュニケーション能力の改善も必要である。
【3 年間の研究を通して分かったこと】
建設業における精神障害・自殺事案の労災認定に関わる調査復命書を元に分析を行った。令和3 年度は「重度の病気・ケガ」、令和4 年度は「極度の長時間労働」、令和5 年度は「嫌がらせ・いじめ」であるが、全体を通し見えてきたものは、一企業や一業種の労務管理だけでなく、「サプライチェーン」として職場における精神障害の防止対策を見直すことが重要であると考えられた。適正な工期で、安全・衛生面が担保できるためには、発注者と受注者の協力が必須である。また受注した側も、重層構造の中でのそれぞれの責任の見直し、各現場の事業主や労働者側の法令遵守の意識の向上や今までの働き方への見直しが、このような事案をなくす解決策になると思われた。令和6 年4 月には、建設業においても、残業時間の上限規制が始まる。「しわ寄せ」防止の関連法、「フリーランス・事業者間取引適正化等法」にも期待したい。
目的
過労死等の実態解明と防止対策をより着実に進めるためには、医学的知見に基づいた研究に加え、社会科学的研究が不可欠である。そのため実際的な労務管理の観点から過労死等防止策を検討することが必要である。本研究では建設業において、「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」が心理的負荷要因として評価された精神障害の事案を対象として、職場における労務管理視点から事例検討(ケーススタディ)を行い、実際的な労務管理の観点から過労死等防止策を検討することを目的とする。また、令和3~4 年度に実施した事例検討の総括を行った。
方法
先行研究から建設業における精神障害事案では「1.職場での嫌がらせ」「2.暴言・暴行」「3.上司による強い指導と叱責」「4.上司や同僚とのトラブル」の4 視点が重要と指摘されていることから、過労死等データベースから平成26 年から令和2 年度の事案を対象として、業種が建設業に区分され、心理的負荷要因が「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」に区分された事案を精読し前述の4 視点で分類した。典型的な業務上労災認定事案のうち心理的負荷の4 要因を取り上げ、労務管理視点から防止対策の検討を行った。
結果
建設業における「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」の業務上事案は35件(うち1件は重複しているため本研究においては34 件)であった。小区分では「1.職場での嫌がらせ」6 件、「2.暴言・暴行」24 件で、うち「暴行」は19 件であった。また「3.上司による強い指導と叱責」は2 件であったが、最終的に「2.暴言・暴行」につながっていた事案が11 件含まれていた。「4.上司や同僚とのトラブル」は2 件であった。社会保険労務士の視点による分析から、典型事例におけるそれぞれの防止視点を整理した。「嫌がらせ、いじめ(パワーハラスメント)」の背景に、徒弟制度の上下関係の意識が色濃く残った企業風土、危険を回避するため不安全行動への叱責や繰り返されるミスへの叱責が、暴力や暴行に及ぶ要因となることも確認された。
考察
建設業における「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」で認定された事案は暴行に関連した事案が多く確認された。建設業は小規模な企業が多く労働衛生に投資できる資源が多くない。また事例検討から建設業特有の労働文化が職場のいじめ・ハラスメントを抑止しにくい環境もうかがわれた。労働施策総合推進法「パワーハラスメント防止のための雇用管理上の措置」の徹底が必要であるが、産業保健と労務管理の両視点から、従業員の心身の健康保持のためのメンタルヘルス対策や、人的資本の担保のため法令趣旨の周知が、本過労死等事案の抑制に重要と考えられた。
キーワード
建設業、嫌がらせ・いじめ、パワーハラスメント
執筆者
中辻 めぐみ