過労って?

過労って?
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休むことで回復する疲労:疲労の可逆性

働く人々の疲労は金属の疲労と異なって回復するという性質を持っています。つまり、仕事による負荷の影響がそのまま体内に蓄積され続けていくのではなく、日々の生活の中で疲労状態が進んでいったとしても、再び、元の状態に戻る、そのような循環を描いて変化する性質を持っています。

では、どのような時に働く人々の疲労は回復するのでしょうか?病気による疲労は除きますが、基本的には休むこと、つまりは活動(仕事)から離れることで回復に向かうと考えられてきました。具体的には勤務中の休憩や休息時間、勤務後の余暇時間や睡眠によって、個人差もありますが、疲労は回復していきます。

図1.休息レベルから見た疲労の分類図1.休息レベルから見た疲労の分類

表1.疲労徴候の現れ方表1.疲労徴候の現れ方

疲労は休息と密接に結びついた現象

疲労を分類する時には休息レベルによって分けて考えると分かりやすく整理されます。図1と表1にあるように、数分から数十分の作業中断による自発休息や小休止で回復するものは「急性疲労」、数時間程度の作業場離脱による休憩や食事によって回復するものは「亜急性疲労」、1日単位の休養や睡眠で回復するものは「日周性疲労」、数日から数カ月、回復にかかるものは「慢性疲労」という区分で考えられてきました。また、近年では週単位での回復を考慮して「週内性疲労」という考え方も提案されています。

疲労は悪者なのか?

疲労イコール病気、疲労は無くすべきというように述べられることもありますが、それは間違いです。疲労を感じた時に適切に休むこと、休めることで健康的に働くことができます。ある意味、疲労は私たちが働き過ぎないようにするためのブレーキの役割を担ってくれているのです。

したがって、自分の身体から発せられるメッセージとしての疲労を上手く読んで付き合っていくことは、結果的に働く人々の労働生活をより良いものにしていくことになるでしょう。しかし、これ以上、「働かない方が良い」というそのメッセージを意識的、無意識的に無視し続けて、仕事を続けた場合、疲労は「過度な疲労」である過労にシフトしていきます。

過労の定義

過労に関しては様々な研究者が定義をしています。大きく分けて生体内の状態から定義する立場と、社会的な価値基準と結び付けて定義する立場に分かれます。前者の立場から過労を定義したのは労働科学研究所の初代所長である暉峻です。彼の定義では「過労とは、人間の健康状態を維持している生理的機能体系間の均衡が破れ、数夜の睡眠や数日の休養によっては回復が不可能な状態をいうのであろう」としています。つまり、上でも説明したように、疲労は休息すれば回復する性質を持っていますが、その「疲労の可逆性」という性質が壊れた状態を過労として定義しています。

一方、同研究所の小木は「問題となる過度の疲労」として「そのまま放置できずにすぐ対策をとる必要がある疲労事態」を過労として定義しています。こちらの定義は身体の中だけで決定するものではなく、労働の安全性、健康性、生活性といった社会的な価値判断と結び付けて過労を判定する考え方で、対策志向の定義だと考えられます。たとえば、ミスやエラーが頻発することや、勤務後に寝てばかりになるなどの疲労が労働生活上、問題を引き起こしている状態を過労と判定するとしています。

さまざまな過労症状

小木がリストアップしている過労状態は下記のものがあります。

  1. 疲労感が顕著なうえに、作業継続に伴う苦痛がある。
  2. 作業パフォーマンスが乱れ、作業角度が落ちて、作業に具体的支障が及ぶ。
  3. 作業遂行以外にも影響が及び、二次的な行動変化が生じている。
  4. 累進的な作業意欲の減退が認められる。
  5. 事故やミスの起こる臨界状態が出現しやすい。
  6. 休養所要時間が急増する。
  7. 作業後の生活行動が制約を受け、消極的なものになる。

さらに、下記に示した調査復命書の中に記載のあった過労死の前駆症状を活用して作成された「過労徴候しらべ」調査票の項目も過労状態と言えるでしょう。ただし、こちらの症状は実際に過労死する前の症状なので、過労というよりは、それを更に超えた疾病に起因する症状も含まれています。

(クリックすると過労徴候しらべのダウンロードフォームが立ち上がります)

図2.「過労徴候しらべ」調査票の過労徴候図2.「過労徴候しらべ」調査票の過労徴候https://www.jniosh.johas.go.jp/publication/houkoku/houkoku_2021_06.html

また、著者が考える労働者の過労とは、仕事や生活活動に対する計画性や予測能力が破綻した状態です。疲れ過ぎると、近視眼的に今、目の前にある事ばかりしか考えられなくなったり、あるいは遠い未来や過去の事ばかり考えるようになってくると思います。それは今、目の前にある仕事を続けることが嫌になって逃避しようとする状態です。そのような状態で、仕事を続けた場合には仕事の能率も落ちてミスやエラーが頻発したり、精神的に落ち込んだり、よく眠れなくなったりして疲労の回復力も低下すると思います。こういった状態が著者は精神的な負担が増えた現代人の過労なのではないかと考えています。

もちろん、働き方との関連であらわれる過労症状なので上記にあげたもの以外にも過労状態はあるはずですが、この記事をご覧になっている読者の方、上記の過労状態とご自身の状態を比べてみて下さい。もし、多く当てはまるようでしたら、過労を疲労状態に戻すために適切な休みをとるように心がけてください。

参考文献

  • 暉峻義等 疲労とその恢復 -その本質追求の一方向について- 労働科学 1946;第22巻 第2号 69-78
  • 小木和孝 疲労のとらえ方,考え方.産業疲労ハンドブック,労働基準調査会, 89-104, 1995
  • 小木和孝 調査結果のまとめ方と疲労判定.産業疲労ハンドブック,労働基準調査会, 150-163, 1995
  • 斉藤良夫 労働者の過労概念の検討 労働科学 71巻1号1~9.1995.
久保 智英(くぼ ともひで)
記事を書いた人

久保 智英(くぼ ともひで)

過労死等防止調査研究センター(RECORDs)の上席研究員で、専門分野は産業保健心理学、睡眠衛生学、労働科学。労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所の他、産業医科大学での職歴を持つ。フィンランド国立労働衛生研究所での客員研究員としての活動も経験。モットーは「やってやれないことはない、やらずにできる訳がない」。研究のイロハを教えてくれた師匠たちを尊敬している。