過労はなんで危険?
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改めて過労とは何か?を考えると、とても難しい問題

一番初めにお伝えすると、労働者の疲労に関して、ここまでは回復可能な疲労の状態、ここからは回復がし難い過労の状態であるという線引きは大変、難しい問題です。とくに、労働者の疲労が過労かどうかの判定は、身体の中の状態だけを見ていては決めきることができないでしょう。たとえば、とてもきつい作業を一定期間にわたって繰り返した場合、さまざまな生理機能が低下することでしょう。しかし、身体の生理機能の変化は、0と1のような離散的ではなく、基本的には連続的なので、この値以上になれば過労であるという判断は難しいものです。また、身体の中で疾病に関連する様々な器官の機能障害や器質障害が生じていた場合は、もはやそれは過労ではなく疾病と呼ぶべきでしょう。

どんな状態が過労なのか? 

では、労働者の疲労の場合、どんな状態を過労と考えればよいのでしょう?そのヒントを与えてくれているのが大原記念労働科学研究所の小木の過労の定義です。小木は「問題となる過度の疲労」として「そのまま放置できずにすぐ対策をとる必要がある疲労事態」を過労として定義しています。つまり、小木の定義は、身体の中ではなく、労働と関連付けて疲労の程度が現時点あるいは近い将来に問題を引き起こすレベルにある場合は過労であるとしています。

小木がリストアップしている過労状態は下記の通りです。

  1. 疲労感が顕著なうえに、作業継続に伴う苦痛がある。
  2. 作業パフォーマンスが乱れ、作業角度が落ちて、作業に具体的支障が及ぶ。
  3. 作業遂行以外にも影響が及び、二次的な行動変化が生じている。
  4. 累進的な作業意欲の減退が認められる。
  5. 事故やミスの起こる臨界状態が出現しやすい。
  6. 休養所要時間が急増する。
  7. 作業後の生活行動が制約を受け、消極的なものになる。

過労状態は過労した本人だけではなく職場全体のリスク

上記の過労状態を見てみると、どれも作業との関連で生じている症状であることが分かります。もちろん、ここに示したリスト以外にも過労状態はありますが、「過労はなんで危険?」という問いに対する1つの答えがこのリストの中に含まれています。つまり、労働者の疲労が過労に進展してしまうと、過労した本人だけではなく、職場全体のリスクにもなるからです。たとえば、上記5番の「事故やミスの起こる臨界状態が出現しやすい」を例にあげれば、その事故やミスで職場全体の被害につながることは容易に想像できるでしょう。また、ここで強調したいのは、同じ職場で同じような働き方をしている場合、個人差はあるかもしれませんが、おそらくその職場には過労状態にある人は一人だけではなく、複数人存在しているはずです。したがって、職場全体の健康や安全を考えても、過労した状態の従業員を放置すべきではなく、過労を引き起こす要因を特定して、何かしらの疲労対策を講じることが重要です。

社会的な価値基準に照らし合わせた過労状態

これまでの産業疲労研究における過労状態の判断には、社会的な価値基準の低下と結び付けて評価されてきました。それは1)能率性、2)安全性、3)健康性、4)生活性の4つの社会的価値基準の評価軸です。これらの軸に照らし合わせて、疲労が問題のある事態を引き起こしている場合には過労状態にあると判定されてきました。具体的には以下の通りです。

  1. 能率性
    作業スピードや正確性の低下
  2. 安全性
    作業中のミスやエラーの増加
  3. 健康性
    頚肩腕症候群や睡眠障害、精神障害、消化器系疾患等の疾患の出現
  4. 生活性
    勤務後や休日の生活の質の低下

能率性、安全性に関する過労像

能率性、安全性に関しては過労状態を理解する上でご紹介したい知見はFolkardらの知見(2003)です。こちらの研究では交替勤務時における事故やケガに関する発生率を調べたものです。そうしてみると、日勤に比べて準夜勤、深夜勤で事故やケガの発生率が高まっていることや、連続夜勤の回数が増えるとともに事故やケガの発生率が高まっていることが示されています。つまり、夜勤というのは他の勤務に比べて、疲労度が高い働き方なので、過労状態が事故やケガにつながることが理解できるのではないでしょうか。

健康性に関する過労像

健康性の社会的価値基準で言えば、働きすぎると過労状態になってやがては疾病につながるという図式が思い浮かぶと思います。それに関してKivimäkiらの研究(2015)をご紹介します。こちらは様々な論文のデータを総合して評価するメタアナリシスという手法で、労働時間の長さと冠状動脈性心疾患と脳卒中の関連性を評価した結果です。心疾患に関しては労働時間の長さとの関連性は明確には観察されませんでしたが、脳卒中では統計的な関連性が認められました。つまり、労働時間の長さが長くなるにつれて心疾患が増えるという関係性です。長時間労働が過労状態を引き起こしていると考えれば、当たり前かもしれませんが、過労が健康を害するという図式がデータによって示唆されていることになります。

図1.労働時間と脳心臓疾患の関連性図1.労働時間と脳心臓疾患の関連性

生活性に関する過労像

最後に生活性についてご説明します。図は労働時間の長さと生活行動の関連性を検討した斉藤の調査結果(1984)です。横軸に残業時間の長さを示して縦軸にさまざまな生活行動が実施されているかの割合を示したものです。ご覧の通り、残業時間が長くなればなるほど、家族との団らんや妻(夫)との会話、子供との遊び・会話の割合が減っていくことが分かります。それらの生活行動は私たちの暮らしにとって非常に重要な意味を持つものばかりです。生活の質ばかりではなく、それらの生活行動が足りなければ日々の仕事のストレスの解消が阻害され、夜の睡眠の質も低下して翌日からの勤務へも支障が出ることでしょう。この調査結果は疲労やストレスの回復に重要な役割を担う生活行動が長時間労働によって削られていくこと明確に示したものです。

図2. 残業時間が家庭生活に及ぼす影響図2.残業時間が家庭生活に及ぼす影響

まとめ

以上、「過労はなんで危険?」について解説してきましたが、その答えはシンプルです。つまり、自分自身はもちろんのこと、自分の身の回りの家族や職場の同僚や上司にもリスクが高い状態だからです。また、その影響は能率性、安全性、健康性、生活性といった社会的な価値基準を低下させます。したがって、過労の問題を個人の問題とするのではなく、過労状態を引き起こす大きな要因は労働の中にあるので、過労状態にある従業員が一人でもいる場合は、職場の働き方を早急に見つめ直すことが必要です。

参考文献

  • 小木和孝.調査結果のまとめ方と疲労判定.産業疲労ハンドブック,労働基準調査会, 150-163, 1995
  • 斉藤良夫.労働者の過労概念の検討.労働科学,1995;71(1)1-9.
  • Folkard, S., & Tucker, P. (2003). Shift work, safety and productivity. Occupational medicine (Oxford, England), 53(2), 95–101. https://doi.org/10.1093/occmed/kqg047
  • Kivimäki, M. et al. (2015) Long working hours and risk of coronary heart disease and stroke: a systematic review and meta-analysis of published and unpublished data for 603,838 individuals. Lancet (London, England), 386(10005), 1739–1746. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(15)60295-1
  • 全国建設関連産業労働組合連合会:パパこっち向いて 守れていますかあなたの健康・あなたの家族,分析担当:斉藤良夫,株式会社K&S,東京:1984.
久保 智英(くぼ ともひで)
記事を書いた人

久保 智英(くぼ ともひで)

過労死等防止調査研究センター(RECORDs)の上席研究員で、専門分野は産業保健心理学、睡眠衛生学、労働科学。労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所の他、産業医科大学での職歴を持つ。フィンランド国立労働衛生研究所での客員研究員としての活動も経験。モットーは「やってやれないことはない、やらずにできる訳がない」。研究のイロハを教えてくれた師匠たちを尊敬している。