【令和6年度】対策実装研究:過労死等としての精神障害の増加事由とその防止策に関する検討
研究要旨
この研究から分かったこと
精神障害の防止には、主に「A.適応障害/疲弊性うつ病(過重労働による)」と「B.急性ストレス障害/PTSD(事故や災害の体験による)」という2つの病態に着目し、業種・業態、事業場の規模、サプライチェーン、人事労務における人的資源、産業保健体制の状況に応じた、実行可能な啓発・普及策および防止対策の実施が必要である。
目的
仕事による強いストレスが原因で発症した精神障害は、労災請求件数及び支給決定件数が近年増加し、大きな社会課題となっている。本研究では、増加し続ける精神障害による労災認定件数を削減するため、対策実装研究として取組むべき課題を整理し、今後の方向性を検討した。
方法
過労死等の労災補償状況及び過労死等防止研究で得られたこれまでの精神障害に関する研究成果をレビューし、防止策として重点を置くべき点を検討した。特に、「運輸業,郵便業」と「建設業」を対象に、過労死等における労災認定事案の特徴と、取組むべき課題を実務者・専門家による予備的検討とステークホルダー会議等での検討を通じて整理した。
結果及び考察
過去30年間、精神障害の労災請求件数は増加傾向にあり、特に2020年以降は請求件数が急増し、支給決定件数も増加している。背景としては、以下の要因が考えられる。①労災補償に関する認定基準等制度の変更、②過労死等防止対策推進法の成立、過労死等の定義の明確化、及び過労死等防止の啓発普及活動の影響、③社会環境の変化に伴う精神障害発生率の上昇、④仕事上のストレス(心理的負荷)の増加等。業種別に検討した結果、過労死等に関連する精神障害の全事案では、「製造業」「医療,福祉」「卸売業,小売業」「運輸業,郵便業」「建設業」の5業種が多く、全体の65%を占めた。運輸業(道路貨物運送業)では、主な要因として「事故や災害の体験」と「長時間労働」が挙げられ、さらに「顧客関連問題」や「ハラスメント」も過労死等防止対策の観点から高い優先度を有していた。一方、建設業では、管理職や現場監督において精神障害事案が多く発生し、特に「事故や災害の体験」「長時間労働」「対人関係の問題」に注目すべきである。事案及び研究成果レビューから、精神障害の防止アプローチは、「A.適応障害/疲弊性うつ病(過重労働による)」「B.急性ストレス障害/PTSD(事故や災害の体験による)」の2つの疾患グループに大別される。これまで実施されてきた脳・心臓疾患に対する過重労働対策と同様に、心理的負荷要因の軽減策及び安全対策の観点から、災害・事故防止が重要であると考えられる。さらに、ステークホルダー会議では、過労死等が多発している労災補償状況と、現場の経営者や管理者による職場のメンタルヘルス対策への認識にギャップがあることが指摘された。これらを踏まえ、精神障害の労災請求・支給決定件数の増減による評価に注目するだけでなく、業態や業種、事業場規模、サプライチェーン、人事労務の人的資源及び産業保健体制の状況に合わせた、実施可能な精神障害防止策の検討が必要である。当面の対策として、運輸業における顧客ハラスメント(カスハラ)対策の検討と、建設業向けの「働きやすい職場づくり支援ツール」の作成が提案された。
キーワード
精神障害、運輸業、建設業
執筆者