長時間労働と仮面高血圧および持続性高血圧の有病率について
出典論文
Trudel X, Brisson C, Gilbert-Ouimet M, Vézina M, Talbot D, & Milot A. Long working hours and the prevalence of masked and sustained hypertension. Hypertension, 2020;75:532-538. DOI: 10.1161/HYPERTENSIONAHA.119.12926.
著者の所属機関
Trudel X, Brisson C, & Talbot D: Laval University, Social and Preventive Medicine Department. Gilbert-Ouimet M: Institute for Work and Health. Vézina M: Institut national de santé publique du Québec. Milot A: Laval University, Department of Medicine.
内容
目的:長時間労働の血圧への影響に関する研究は一貫した結論に至っていない。このことには血圧測定に関する限界や仮面高血圧を考慮していないことが一因であると考えられる。この研究では長時間労働者に仮面高血圧や持続性高血圧の有病率が高いかどうかを明らかにすることを目的としている。
方法:公的機関3施設に勤めるホワイトカラー常勤労働者3,547人からオープンコホート方式(対象者の参加・脱落をある程度自由にして追跡調査する研究のことで、異なる時期に研究参加が可能)で5年間のうち3時点での血圧等の各種データを収集した。この研究では仮面高血圧:診察室血圧が140/90mmHg未満かつ診察室外血圧が135/85mmHg以上、持続性高血圧:診察室血圧が140mmHg/90mmHg以上かつ診察室外血圧が135/85mmHg以上、もしくは高血圧治療を受けている場合と定義した。調査では診察室血圧を「職場での安静時に最初に3回測定した血圧の平均値」とし、診察室外血圧(日中の血圧)は「同じ血圧計で勤務時間内に15分おきに測定した血圧の平均値」とした。自己申告の週当たりの労働時間をばく露要因とし、仮面高血圧と持続性高血圧の有病率をアウトカムとして解析を行った。調整因子は高血圧に関連する要因と考えられる性別、年齢、学歴、職種、生活関連の潜在的な危険因子(飲酒頻度、喫煙状況、身体活動量、自己申告による糖尿病の有無や家族の心臓病歴、BMI)と仕事のストレッサーとした。
結果:長時間労働者における仮面高血圧と持続性高血圧の有病率は統計的に有意に高かった。具体的には、ロバストポアソン回帰分析による仮面高血圧の有病率は週当たり労働時間35時間未満の群を1とすると同41-46時間群で1.51(95%信頼区間1.06-2.14)、同49時間以上群で1.70(95%信頼区間1.09-2.64)であった。また、持続性高血圧の有病率は週当たり労働時間35時間未満の群を1とすると同49時間以上群で1.66(95%信頼区間1.15-2.50)であった。仮面高血圧は数年にわたり持続する可能性があり、診断や適切な管理が遅れる危険性がある。長時間労働が血圧に及ぼす悪影響に対する臨床的認識を高めることで、個人及び集団レベルでの高血圧の一時予防と管理のためにも、長時間労働の削減を検討することが必要である。
解説
普段は高血圧ではないのに診察室や医師の前で血圧が高くなる高血圧の現象は白衣性高血圧といわれ、医師の前で緊張するなどの心理的な要因が関連していることが示唆されている。また、職業性ストレスが血圧を上昇させうることが明らかにされている。一方、診察室や健診時には正常血圧であり、診察室外で高血圧である現象は仮面高血圧といわれ、仮面高血圧は発見されにくいという問題がある。この研究は長時間労働者において仮面高血圧の有病率が高いことが示唆された初めての論文である。
白衣高血圧は持続性高血圧と区別することができず、不要な血圧管理を指示される経済的負担や薬剤による副作用の危険性や、定期的な観察を中断して持続性高血圧に移行する危険性がある。一方、仮面高血圧は発見が遅れるために重大な心血管リスクをもたらす危険性がある。長時間労働をしており、血圧がそれほど高くない労働者においては仮面高血圧のリスクも考慮に入れ、労働時間を短縮するなどの組織を挙げた高血圧予防が推奨される。また、血圧を健診時だけでなく日ごろから測定することにより、仮面高血圧の発見につなげるような工夫も必要だろう。