循環器疾患を発症した労働者の発症前の疲労状態(斉藤良夫. 労働科学. 1993)

循環器疾患を発症した労働者の発症前の疲労状態(斉藤良夫. 労働科学. 1993)
目次

出典論文

斉藤良夫.循環器疾患を発症した労働者の発症前の疲労状態.労働科学 69巻,9号;387-400.

著者の所属機関

中央大学文学部心理学研究室

内容

本研究は、循環器疾患の被災者遺族を対象にして、「過労死」発症前の疲労状態について明らかにするために、17名の被災者の妻あるいは母親に対して面接調査を実施したものである。面接は、1991年10月から約1年間の間に実施された。面接対象者1名につき2時間から3時間かけて、過労死の被災者における疾病の発症状況、労働状況、平日や休日の生活、勤務日の帰宅後や休日における疲労感の表出、休息や睡眠に関する行動などであった。これまでの先行研究では、過労死発症に関連する労働環境の要因(長時間労働や勤務形態など)を抽出することが主な目的であった。それに対して、本研究では、労働者個々人が、過労死発症に至るまでに、どのような訴えや生活上の変化があったのかについて焦点を当てている点に特徴がある。

主な結果は次の通りであった。多くの発症者は虚血性心疾患や脳血管系の疾患に特有な心臓部の痛みや頭痛を訴えていた。それに加えて、過労死発症者に認められた過労や疲弊徴候としては、1)週末の休日での昼間の生活が睡眠中心になること、つまり、活動性の非常に低い過ごし方をしていたこと、2)新聞を玄関まで取りに行けなくなるといったように、活動力や気力の著しい低下によって、普段行ってきたことができなくなること、3)朝の起床時の寝起きの異常な悪さ、朝食後に家を出る時間まで寝室で横になること、または帰宅後の夕食や入浴もできないことなどの行動上に現れる著しい睡眠欲求、4)食欲減退や体重の減少がみられたこと、にまとめられた。さらに、過労死発症の労働負担要因によって、著しく、かつ長期間持続する緊張感、焦燥感、不安感、抑うつ感などの心理的負担感の表出や、夜眠れない、就寝しても深夜目覚めてしまうなどの睡眠障害の徴候が認められた。

解説

本研究は1991年に実施されたものではあるが、過労死研究の中でも重要な知見として位置づけられる論文である。従来の研究では、長時間労働やノルマの高い勤務などの過労死発症の環境要因(労働時間や勤務形態など)について検討する事例研究が多かった。しかし、本研究では、労働者個々人に注目して、彼らの疲労状態から労働・生活上での行動上の変化を抽出しようとしている点に特徴がある。また、本研究は、過労死特有の疲労徴候という視点で、家族の気づきを促し、家族の側からの過労死発症の予防策の可能性を呈している。そのような点からも、本研究は、現在の過労死研究につながる多くの示唆に富んだ知見であると考えられる。

久保 智英(くぼ ともひで)
記事を書いた人

久保 智英(くぼ ともひで)

過労死等防止調査研究センター(RECORDs)の上席研究員で、専門分野は産業保健心理学、睡眠衛生学、労働科学。労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所の他、産業医科大学での職歴を持つ。フィンランド国立労働衛生研究所での客員研究員としての活動も経験。モットーは「やってやれないことはない、やらずにできる訳がない」。研究のイロハを教えてくれた師匠たちを尊敬している。