RECORDsの取組み

第97回日本産業衛生学会報告:「働く人々の疲労リスク管理を考える:新版疲労蓄積度自己診断チェックリストの活用と展開」

第97回日本産業衛生学会報告:「働く人々の疲労リスク管理を考える:新版疲労蓄積度自己診断チェックリストの活用と展開」
目次

「働く人々の疲労リスク管理を考える:新版疲労蓄積度自己診断チェックリストの活用と展開」

令和6年5月22日~25日の4日間、広島市で開催された第97回日本産業衛生学会においてRECORDsメンバーの久保研究員が企画した以下のシンポジウムの報告をします。

本シンポジウムはこれまで広く過重労働面談において活用されてきた疲労蓄積度自己診断チェックリストが2023年に改定されたことを受けて、その改定に携わった委員が中心になり、新版の疲労蓄積度自己診断チェックリストの開発経緯や現状、企業での活用事例や今後の課題について発表が行われました。その際、研究者、産業医、保健師、若手の産業医といった異なる立場の演者から「今後、職場で疲労リスク管理を今以上に推進していくには?」という共通の問いに答えて総合討論を行うというスタイルで、会場の参加者も含めて活発な議論が行われました。

 ◎シンポジウム 2
 【日時】令和6年5月23日(木)13:40~15:40 【場所】広島国際会議場 第2会場
 【テーマ】働く人々の疲労リスク管理を考える
   :新版疲労蓄積度自己診断チェックリストの活用と展開
 【座長】下光輝一(公益財団法人健康・体力づくり事業財団)
     堤明純(北里大学医学部公衆衛生学単位)
 【演者】
  ■新版疲労蓄積度自己診断チェックリストの開発経緯と今後の展望
   :研究者の立場から
     久保智英(労働安全衛生総合研究所過労死等防止調査研究センター)
  ■新版疲労蓄積度自己診断チェックリスト
    ~過重労働面接での活用と今後の展望~  産業医の立場から
    佐藤裕司(富士通株式会社健康推進本部健康事業推進統括部 )
  ■働く人の疲労リスク管理を考える
   :新版疲労蓄積度チェックリストの活用と展望~保健師の立場から~
    矢内美雪(キヤノン株式会社 安全衛生部)
  ■疲労蓄積度自己診断チェックリストの活用状況と現場から見た課題
   :若手産業医の立場から
    田中里穂(ダイハツ工業株式会社 安全健康推進室 )
 【指定発言】堀江正知(産業医科大学 産業生態科学研究所 産業保健管理学)

労働者の疲労蓄積度 自己診断チェックリスト(2023年改訂版)労働者の疲労蓄積度自己診断チェックリスト

まず初めに、旧版と新版の労働者の疲労蓄積度自己診断チェックリスト、両方の開発に検討委員として携わった下光座長から、旧版の開発の経緯について冒頭で紹介が行われました。過労死の命名者である上畑鉄之丞氏(産業疲労研究会の旧代表世話人)を委員長として1992年の産業衛生学会において循環器の作業関連要因の検討委員会が発足されたこと、その委員会では非常に活発な議論が行われた結果、1998年に「職場の循環器疾患とその対策」という提言が学会として行われたことの説明がありました。その提言の中では、長時間労働の改善や制限、仕事のストレス等に関する数多くの提言が行われるとともに、労働者の労働状態や過労状態を把握する質問紙を用いて、産業医等が問診等で確認することが望ましいという提言も行われたとのことでした。この提言よりも前は、「過労死等」の労災認定基準が短期間の出来事のみで非常に厳しい基準であったが、各方面からの意見もあって、疲労の蓄積による長期の過重負荷も認定されるという抜本的な改定が2001年に行われたという、産業衛生学会の諸先輩方の偉業に関する大変重要な話がありました。そして、それを受けて2004年には国においても労働者自身も疲労を把握できるように旧版の疲労蓄積度チェックリストの開発に至ったという歴史的な開発の経緯についても紹介されました。

久保智英:(独)労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所過労死等防止調査研究センター久保智英:(独)労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所過労死等防止調査研究センター

次に、研究者という立場でこの記事の著者である久保研究員からチェックリストの開発経緯と今後の展望について発表が行われました。冒頭で2004年に初版が発表されて、2023年に新版が発表される約20年間、様々な社会的な変化が起きて働く人々の疲れ方が変わってきたこと、初版では想定されていなかった勤務間インターバル、勤務時間外の連絡、睡眠時間、食欲、仕事による精神的負担の増大の視点が新版では追加されたことを踏まえて、現在の疲労蓄積度自己診断チェックリストの活用方法は過重労働を行った者が対象のため、2次予防的な活用方法であることが指摘されました。

過労状態における認知的不協和とは?過労状態における認知的不協和とは?

また、過重労働面談での活用に際しての課題としては、労働者に明らかな過重労働性が認められても本人の休息欲求がない場合には、少なくとも2つの可能性があって、1つは就業制限をかけられたくないので本当は疲れているのに我慢して嘘をついている。もう1つは過労状態に陥っていても自身の疲れを正確に認知できない状況にあって、「過労の認知的不協和」を起こしているのではないかという仮説が紹介されました(上図)。対策として、過労状態は長くは隠せない、一時的な頑張りもいつかはボロがでること、疲労の大きさは休み方にでるので、1週間やある程度の期間、休み方を中心に睡眠日誌などで観察することが有効なのではないかという提案がありました。最後に、今後、疲労リスク管理を進めていく上では、個々人の診断ではなく、1次予防の観点から職場で働く労働者を集団的に測定し、問題のある働き方を抽出して改善につなげる活用法が重要であるとして発表を終えました。

佐藤裕司:富士通株式会社健康推進本部健康事業推進統括部佐藤裕司:富士通株式会社 健康推進本部健康事業推進統括部

産業医の立場で佐藤氏からは、疲労リスク管理として重要なのは疲労を過労にシフトさせないために労務管理と健康管理の両輪であることが主張されました。労務管理は労働者個人ではできない問題であるので事業主、管理者、上司が責任をもって行う必要があるのに対して、健康管理は労働者個人の努力も求められることから、産業保健スタッフは経営者と労働者の間に入って両方に働きかけられる重要な立ち位置にいること。また、疲労チェックリストは労務管理と健康管理の両方の状況を知る上で有用なツールではあるが、それだけではなく様々な情報(客観的な睡眠・疲労指標や健診結果等)と組み合わせた総合的な対策、多層防御が職場の過重労働対策を進めるためには大切であることが結論として述べられました。

矢内美雪:キヤノン株式会社 安全衛生部

保健師の立場で矢内氏からは企業での過重労働対策の活動事例が報告されました。矢内氏の発表の中では佐藤氏の主張と同様に、過重労働対策としては労務管理と健康管理の連動が重要であり、そのためには職場、人事、健康支援室の情報共有と連携が欠かせないことが主張されました。また、新版のチェックリストによってハイリスク者として判定される者の割合が、旧版では月残業80時間以上働いている者の方が多かったのに対して、新版では月残業45時間以上を3か月連続している者の方が多くなっていたこと。この結果は、新版の方が蓄積的な疲労度を抽出しやすくなったのではないかといった新版のチェックリストの有効性についても説明されました。そして、定期的に行っている過重労働ミーティングでは、人事と健康管理支援室で情報共有、課題抽出、対策の検討を行い、職場への介入を行っていることが紹介されました。発表の最後に、職場で疲労リスク管理を進めていく上では、予防的な視点での過重労働対策として、1)効果的な情報収集の仕組みづくり、2)多面的な取り組みの積み重ね、3)家族の3つの要因をあげられていました。しかし、企業としては安全で健康に働ける場を提供することが第一義なので、家族版の疲労チェックリストの活用については企業主体ではなく、家族版の疲労チェックリストがあることを広く一般へ周知することが大切であるとして発表が締めくくられました。

田中 里穂	(ダイハツ工業株式会社 安全健康推進室 )田中里穂:ダイハツ工業株式会社 安全健康推進室

最後の演者である田中氏は新版チェックリストの改定委員会のメンバーではない外部の立場ということと、若手の産業医の立場で新版チェックリストに対する率直な悩みと疑問点を中心に発表が行われました。まず初めに、自社におけるチェックリストの活用のメリットを、1)複数の産業医がいる場合、同様の質問を行えるので面談の質を担保できること、2)チェックリストの項目を見ながら面談することで、ただ単に疲れているということではなく、より具体的な情報が得られること、3)担当の産業医が変わってもカルテの記録からチェックリストの得点の経時的な変化が追えることの3点があげられました。発表の最後に、新版チェックリストに対する悩みと疑問点として、1)新版にすると7問項目が増えるので従来のチェックリストの経時的な変化の得点との整合性が付かなくなるので切り替え時期に悩んでいること、2)「自覚症状の評価」の点数区分の変更の理由は何故なのか、3)チェックリストの得点とメンタル疾患や心理的検査との関連性に関するエビデンスがあるのか、4)家族用のチェックリストの活用方法のイメージが湧かないことの4点があげられました。そして、疲労リスク管理を進めていくためにはという演者共通の問いに対しては、現在、過重労働面談の対象になる月80時間以上の時間外労働を行っている労働者以外、たとえば慢性的に月60~80時間程度の者に対してもチェックリストを活用して面談につなげられることができればよいのではないかという答えで締めくくられました。

※2)の「自覚症状の評価」については4分位法で分類したことが理由になっており、3)は久保研究員の発表の中で既往歴との関連性が示されました。詳しくは、この検討委員会の報告書をご覧ください。

◇ 労働者の疲労蓄積度自己診断チェックリストの 見直しに関する調査研究 報告書
  ⇒ こちら

堀江正知(産業医科大学 産業生態科学研究所 産業保健管理学)堀江正知:産業医科大学 産業生態科学研究所 産業保健管理学

指定発言の堀江氏からは、疲労についての総論的な解説とともに過重労働面談の歴史と変遷の詳細が解説されました。産業保健分野での疲労の受け止められ方について、1)経営者側による労働者の疲労は労働の生産性の問題として注目されていたこと、2)疲労という言葉は一般的ではあるが疲労の本体は分かっていないこと、3)身体的/心理的、急性/慢性、局所/全身といったように分類されると分かりやすいこと、4)様々な疲労検査法が開発されてきたが、統一されたものはないことなどが説明されました。歴史的な背景については2000年の「長時間の過重労働」に関する最高裁の判決において判決文の中に「慢性の疲労」という言葉が登場し、2001年の労災認定基準の変更の中で「疲労の蓄積」という言葉も加わり、産業保健専門職に対して「慢性の疲労」を予防することが求められるようになったことが説明されました。さらに、2006年の労働安全衛生法改正の際に労働安全衛生規則第52条の4の中で、医師は当該労働者の「勤務の状況」、「疲労の蓄積の状況」、「心身の状況」を確認し、面接指導を行うと定められ、このうち「疲労の蓄積の状況」を簡便に測定できる調査票として旧版のチェックリストが広く普及したのではないかという歴史的な背景についても詳細に説明が行われました。

総合討論では、堤座長の司会のもとに、上図にまとめられた各演者からの「今後、職場で疲労リスク管理を今以上に推進していくには?」という問いに対する答えをもとにディスカッションが進められました。久保研究員からは個々人の疾病リスク判定というよりも、ポピュレーションアプローチというような全体の底上げをメインに定期的に職場全員の従業員を対象として、このチェックリストを活用し、問題のある働き方を改善することに使えるのではないかという提案がありました。

佐藤氏からは、チェックリストは万能ではない、チェックリストだけやっていれば良いというものではなく、様々な対策を組み合わせて総合的に取り組むことが重要であることが述べられました。過重労働対策を進めるためには、健康管理だけではなく、働き方を改善する必要があるので労務管理も合わせて実施することの大切さが強調されました。

矢内氏からも、チェックリストはアセスメントの情報の1つであること、過重労働対策を推進するためには多面的に有効な情報を収集することが必要であることが主張されました。また、職場での疲労の問題をとりあげる際には、働き方とは切り離して語ることはできないので、従業員の職場での働き方に関する情報を丁寧に収集することが大切であり、職場と人事と健康支援室の連携が欠かせないとも述べられました。さらに、過重労働対策だけではなく、健康診断やストレスチェックも含めて、多面的に職場の情報を収集して対策につなげていくこと、それを積み重ねることの大切さが語られました。

最後に田中氏からは、個々人の疲労判定として活用するのではなく集団の疲労を捉えて改善に結び付けるような1次予防的な活用方法にも興味はあるが、現状、職場内で過重労働が増えている中では健康障害の予防が第一の目標になっているので、まずは、早期発見、早期対策という点を、しっかりとやっていきたいことが述べられました。

総合討論の後半ではチェックリストの活用状況について上図のように3つの質問が会場に投げかけられました。Q1はAの旧版を使っているが最も多く、Q2はAの全項目を使っている、Q3はBの家族版を使っていないが一番多い回答でした。Q1の結果については新版のチェックリストの更なる広報活動の必要性が感じられました。Q3は予想通りの結果で、家族版に対する認知度が低く、産業保健スタッフとしては活用しにくい現状が明らかになりましたが、会場からは他者からの疲労評価は重要であるといった意見や、会社では使いにくいが他のチャンネルで周知徹底して認知度を上げるなどが重要なのではないかといった提案がありました。さらには、上司から部下、部下から上司といった他者評価のチェックリストが今後開発されたら、過重労働対策を進める上で有用なのではないかといった興味深いコメントもありました。

最後に堤座長から、本シンポジウムの目的は新しい疲労蓄積度自己診断チェックリストを産業保健スタッフに周知するということが第一の目標で、加えて、チェックリストの様々な活用方法があるのではないかという提案と、改めて疲労について考えてみようということであったという説明が行われました。また、本シンポジウムの宿題として残った家族版チェックリストの活用方法について、今後の課題としていきたいとして本シンポジウムが閉会されました。

今回のシンポジウムでは約600名の会場で席に座ることができず、立ち見がでるほどだったため、急遽、約200名ほど入る2階席を開放しても立ち見の参加者が出たことからも、改めて職場の疲労問題に対する産業保健スタッフの関心度の高さが伝わってきました。そして、それは同時に、過労死等防止調査研究センターの研究ミッションへのニーズの高さとしてもとらえられるので、引き続き、過労死予防と過重労働対策に有用な研究を進めていきたいと考えています。

*WEB上で測定可能な新版の疲労蓄積度チェックリストが公開されています。
 ◇ 労働者の疲労蓄積度自己診断チェックリスト」(2023年改正版)(働く人用)
  ⇒ こちら

  ◇ 労働者の疲労蓄積度自己診断チェックリスト」(2023年改正版)(家族支援用)
  ⇒ こちら

久保 智英(くぼ ともひで)
記事を書いた人

久保 智英(くぼ ともひで)

過労死等防止調査研究センター(RECORDs)の上席研究員で、専門分野は産業保健心理学、睡眠衛生学、労働科学。労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所の他、産業医科大学での職歴を持つ。フィンランド国立労働衛生研究所での客員研究員としての活動も経験。モットーは「やってやれないことはない、やらずにできる訳がない」。研究のイロハを教えてくれた師匠たちを尊敬している。