中年期の心肺持久力が老年期の医療費に及ぼす影響

中年期の心肺持久力が老年期の医療費に及ぼす影響
目次

出典論文

Bachmann JM et al., Cardiorespiratory Fitness in Middle Age and Health Care Costs in Later Life. J Am Coll Cardiol. 2015 Oct 27;66(17):1876-85. PMID: 26493659.

著者の所属機関

ヴァンダービルト大学、クーパー研究所等

内容

体力研究で著名なクーパー研究所によるthe Cooper Center Longitudinal Study(CCLS)からの報告。この論文では、米国の社会保険プログラム(メディケア)の医療費情報を用いて、中年期(平均49歳時)の体力が老年期(平均71歳時)の医療費に及ぼす影響を分析している。分析対象者は、諸条件(運動負荷テストなど全てのベースライン情報が利用できる、メディケアデータとの連結が可能、心筋梗塞、脳卒中、ガンの既往歴がない、65歳より前にメディケアによる給付を受けていない)を満たした19,571名の男女である。結果では、1)65歳を超えてからの年間医療費が、中年期の体力が高い群より低い群で有意に多いこと(例えば男性の医療費は体力低位群が中位群より37%多く、高位群が中位群より19%少ない等)、2)この傾向は循環器疾患の医療費で顕著だったこと、3)体力以外のリスク因子(喫煙、糖尿病、総コレステロール、収縮期血圧、BMI)の影響を取り除いた分析でも結果は同様で、体力が1単位(1 MET)増加すると年間医療費が男性で6.8%、女性で6.7%減少したことなどが示されている。

解説

CCLSは1970年に開始され、現在も継続中のコホート研究である。参加者は登録の際、身体計測、医学検査、既往歴やライフスタイルなどの調査に加え、ランニングマシンによる運動負荷テスト(心肺持久力測定)を行っている。興味深いのは、メディケア給付期間中に死亡した人(2,691人)と存命の人(16,880人)に分けた分析を加えている点である。一般的に、死亡前は医療費が増加することが知られており(この研究でも死亡者群の医療費は生存者群の5倍であったことが示されている)、また、体力が高い人は死亡率が低いことも多くの疫学研究で示されている。つまり、体力が高い人の医療費が低いのは単に死亡前の医療費増加がないためではないかと考えられる。さらには、体力が高く長生きしても、長生きした分だけ医療費が上乗せされる可能性も指摘される。そういった懸念を取り除く手段の一つとして、この論文では死亡者群と生存者群とに分けた分析を行っており、両群の結果が同様であったことから、中年期の体力水準が高いと老年期の医療費が抑制されると結論付けている。大規模研究で心肺持久力を評価する場合は質問紙等による推定値を用いる場合が多いが、CCLSでは対象者が疲労困憊に至るまでの運動負荷テストで評価しており、体力評価の妥当性が高い。さらに本研究は、個人の医療費情報を公的な社会保険プログラムを用いて正確に捉えている点が特長である。本研究は、働き盛り世代(中年期)にスポットを当てた点で労働衛生研究としても興味深い。体力や医療費情報と同様に労働者の労働時間等を客観的に評価することも簡単ではないが、過労死対策研究のように過重労働が健康に及ぼす影響を検討することを目的とした研究では重要なポイントとなる。

松尾 知明(まつお ともあき)
記事を書いた人

松尾 知明(まつお ともあき)

過労死等防止調査研究センター(RECORDs)の上席研究員で、体力科学チームと職域コホートチームに所属。専門分野は体力科学。労働者の体力(身体的体力・精神的体力)に関わる実験や疫学調査を担当している。研究者となる前は、会社員としてフィットネスクラブ運営業務やマーケティングリサーチ業務などに従事。