過重労働関連疾患(脳・心疾患)と労働時間との非線形的関係

過重労働関連疾患(脳・心疾患)と労働時間との非線形的関係
目次

出典論文

Lin RT, Chien LC, Kawachi I. Nonlinear associations between working hours and overwork-related cerebrovascular and cardiovascular diseases (CCVD). Sci Rep. 2018 Jun 26;8(1):9694. doi: 10.1038/s41598-018-28141-2. PubMed PMID: 29946079

著者の所属機関

中国医科大学(台湾)等

内容

労働時間と脳血管・心血管疾患(cerebrovascular and cardiovascular diseases: CCVD)との関係を重症度別(死亡、恒久的後遺障害、疾患発症)に検討した台湾からの報告。2006年から2016年の政府データが使われている。国内全体だけでなく業種別での検討もなされている。政府データによると、2006年から2016年の間に台湾では619ケースのCCVDが労災認定されている。業種別の分析では、特に“運輸業・情報産業”のリスクが高い傾向が示された。重症度別の分析では、重症度が最も高い“死亡”のケースでは、“業種別月平均労働時間(※解説参考)”が168.1時間を超えるとリスクは(統計的に有意となる)1.0倍を超え、196.6時間で9.6倍になるまで直線的に増加する。次に重症度の高い“後遺障害”のケースでは、168.6時間で1.8倍となり183.9時間で8.7倍となるまで直線的に増加した後、184時間以降は頭打ちとなる。重症度の最も低い“疾患発症”のケースでは、173.0時間で統計的に有意となる1.0倍を超え、191.1時間までは1.0倍を超えた状態にあるものの、183.1時間で4.1倍のピークとなった後、リスクは軽減する。
分析結果から注目すべき点として著者らは、労働時間が増えるほど重症度の高い死亡や後遺障害のリスクが増加した点をまず挙げており、労働者のCCVD予防策としてはやはり労働時間減少が重要であると指摘している。次に注目すべき点として、重症度の低いケース(疾患発症)で労働時間が増えるとリスクが軽減する現象が見られた点を挙げ、この現象は台湾の労災保険を取り巻く環境が背景にあると考察している。台湾では“疾病”は、労災保険ではなく健康保険でカバーされる仕組みがあるため、手続が煩雑な労災保険への申請が重症度の低いケースでは敬遠される傾向にあり、実際は過重労働による疾患発症であっても政府データには労災事案として記録されないケースも多いという。

解説

「研究紹介」で取りあげた別の論文「日台比較からみる脳・心疾患労災認定基準変更の影響(Lin RT et al., Sci Rep. 2017)」と同じ著者らによる続報である。この分析を行った理由として著者らは「CCVDは労災案件全体の10%であり件数は多くないが、死亡ケースに限ると81%を占めるため詳細な分析が必要と考えた」と述べている。本研究の解釈にあたり注意すべきは、本研究における労働時間は労働者の個人データではなく、“業種別月平均労働時間”が使われている点である。分析に使われた月当たりの労働時間の最少値は162.3時間(週換算で40.6時間)、最大値は196.6時間(週換算で49.2時間)である。著者らも考察で述べている通り、本研究の結果は個人レベルでの労働時間ではなく、あくまで業種レベルでの平均労働時間として捉える必要がある。そのような研究の限界点はあるものの、労災に関する公的データが詳細に分析された貴重な報告である。

松尾 知明(まつお ともあき)
記事を書いた人

松尾 知明(まつお ともあき)

過労死等防止調査研究センター(RECORDs)の上席研究員で、体力科学班とコホート研究班に所属。専門分野は体力科学。労働者の体力(身体的体力・精神的体力)に関わる実験や疫学調査を担当している。研究者となる前は、会社員としてフィットネスクラブ運営業務やマーケティングリサーチ業務などに従事。