職業と自殺に関する再解析:職場のネガティブ認知は自殺企図につながる

職業と自殺に関する再解析:職場のネガティブ認知は自殺企図につながる
目次

出典論文

Howard, M., and Krannitz, M. (2017). A Reanalysis of Occupation and Suicide: Negative Perceptions of the Workplace Linked to Suicide Attempts. The Journal of Psychology, 151(8), 767-788

著者の所属機関

University of South Alabama

内容

職業と自殺の関連は、その重要度と比してあまり深く検証されてこなかった背景がある。本研究では、アメリカでのコホート調査(AddHealth)のデータを用いて、Job Characteristics Model (JCM:職務特性モデル※1)とConservation of Resources model (COR:資源保全理論※2)を取り入れて評価した仕事に対する認知と、仕事に起因する自殺の関連について検証している。用いられたサンプルは2855名分(うち女性1366名)のデータで、最終調査時の平均年齢は29.04±1.77歳であった。
媒介解析を用いた解析で、JCMに基づく「仕事における自律性(意思決定権があるか)」や「技能多様性(多様な能力が求められるか⇔単調な仕事)が低いこと」、CORに基づく「仕事の満足感が低いこと」、またその他の項目である「家庭と仕事の両方向のコンフリクトが激しいこと」は、うつ症状の高まりや自殺念慮(自殺について真剣に考える)の回数増加を介して、自殺未遂の回数につながることが示された。

解説

職業と自殺の関連については先行研究もあるが、職業のどのような側面が、特に自殺と関連が深いかを示した点で新しい知見である。特に、職業に対する悪い認識が直接自殺に結びつくのではなく、うつ症状の悪化や自殺について考える回数の増加を介して自殺未遂の回数につながる、ということを示した研究はこれまでになかった。研究デザインに起因する限界もあるが、本研究によって仕事のどのような点を特に改善すべきかだけでなく、うつ症状や自殺念慮が高まり始めたところでの早期介入の重要性も示された。

※1 職務特性モデル(JCM)は、心理学者のHackmanと経営学者のOldhamによって提唱された、職務におけるモチベーションについての理論。仕事の5つの特性がモチベーションを左右するとする。1)技能多様性、2)タスク完結性、3)タスク重要性、4)自律性、5)フィードバック。5項目の点数を用いて一つのスコアが算出できる(数式上、自律性とフィードバックの重要度が高い)。
Hackman R., & Lawler E. (1971) https://doi.org/10.1037/h0031152
Oldham R., & Hackman R. (2005) “How job characteristics theory happened”

※2 資源保全理論(COR)は、Hobfollによって提唱された、職場ストレスと職務満足感の関連に関する理論。この理論では、人々は自分が保有する資源の量や質を保護し、さらには新たな資源を獲得するモチベーションを持っているとする。そして、その資源が喪失あるいは喪失の可能性があると感じた時に、心理的ストレスが生まれるとする。なおここでの資源とは、金銭や時間といった物的資源に限らず、知識や自尊感情といったものまで広く含む。
Hobfoll E. (1989) https://doi.org/10.1037/0003-066X.44.3.513 

西村 悠貴(にしむら ゆうき)
記事を書いた人

西村 悠貴(にしむら ゆうき)

過労死等防止調査研究センター(RECORDs)では、現場介入調査班と循環器班に所属。専門分野は生理人類学・生理心理学。脳波などの生理指標を扱う実験系の専門性を生かして、夜勤・交代制勤務、長時間労働(運転)などに関する各種実験に関わっている。また、過労自殺事案の解析も担当していた。研究者になったきっかけは、ヒトがお互いに影響を与える背景や仕組みに興味を持っていたからである。オフの時は、自宅に小さなLinuxサーバーをおいて、おうちDXを目指して遊んで過ごしている。