特定保健指導(メタボ健診)の対象となることが健康状態に及ぼす影響: 日本の特定健診データを用いた回帰不連続分析

特定保健指導(メタボ健診)の対象となることが健康状態に及ぼす影響: 日本の特定健診データを用いた回帰不連続分析
目次

出典論文

関沢 洋一 (2023). Effects of being eligible for specific health guidance on health outcomes: A regression discontinuity analysis using Japan's data on specific health checkups. Preventive Medicine172, 107520.

https://doi.org/10.1016/j.ypmed.2023.107520

著者の所属機関

経済産業研究所(RIETI)

内容

日本では、健康診断に併せて40歳~74歳の方を対象にメタボリックシンドロームに着目した健診(特定健康診査)が実施されています。その際に、BMIが25以上もしくは腹囲が男性85cm女性90cm以上でかつ心血管危険因子(高血糖、高脂質、高血圧)を併せ持つ場合、医師・保健師・管理栄養士による動機付け・積極支援の対象となる仕組みが存在しています。この研究では、専門家の支援対象となる(BMI≧25)ことが、翌年の健康状況の改善に繋がる効果があったのかの検証を試みています。

この研究では、ベースライン年に心血管危険因子を1つ以上持つ服薬していない40-64歳の腹囲が男性85cm女性90cm以下の人々に対象サンプルを絞り、BMIがギリギリ指導対象となる群(BMI≧25)とならない群(BMI<25)を比較するRDD(回帰不連続デザイン)と呼ばれる統計的因果推論手法により検証を行っています。

株式会社JMDCの健康診断データ登録者の内、特定健康診査情報も登録されており、2015,2016,2017年をベースライン年として1年後に追跡できる人々614,253人を解析対象として行われました。研究アウトカムは、ベースライン年と翌年のBMI、腹囲、主要心血管系危険因子の個人の健康診断結果の変化の差分を利用しています。

結果として、ベースライン年に指導の対象となると(BMI≧25)、非対象者よりも翌年の男女ともにBMIが、また男性のみ腹囲が有意に低くなるという結果が、様々なデータから頑健に確認されました。それらの効果の大きさとしては、男性のBMI(-0.12kg/m2、95%CI[信頼区間]:-0.15~-0.09)、女性のBMI(-0.09kg/m2、95%CI:-0.13~-0.06)、および男性の腹囲(-0.36cm、95%CI:-0.47~-0.28)の減少効果が全年をプールしたデータを用いて報告されました。

ただし、心血管危険因子に対しては頑健な有意な効果は認められませんでした。

解説

労働者の健康状況確保に向けて、国として法律等を通じて健診の義務化等の様々な取り組みがなされています。ただし、国の予算は有限であり、効果のあるものは継続したり更なる予算を付け、効果の無い取り組みは改善や取り組みの中止を考える必要があります。

この研究は、生活習慣病のリスクであるメタボリックシンドロームに着目した特定健康診査において、結果の悪かった人々に医師・保健師・管理栄養士等の専門人材が指導を行う現在のスキームが、どれほど改善効果を持っていたのかを大規模な健康診断データを用いて、効果の有無とその影響の大きさを因果関係の意味で検証を試みた研究です。特に指導対象となる人々は健康状態が悪いが故に対象となる為、逆の因果関係に注意して分析をする必要があります。筆者はBMI以外の状況がほとんど同じような属性の人々の中で指導の効果の有無を確かめることで、効果検証の信頼性を高めています。

この研究結果として、少なくとも統計学的にはBMIのわずかながらの減少には現状の専門家の支援スキームの対象となることが機能した可能性を示しています。

研究の限界として筆者も指摘するように、RDDという効果検証の手法上、研究結果は日本全体に一般化して当てはめることができるわけではないこと等の研究上の限界が存在するため、今回の研究結果で専門家の支援スキームの良し悪しを結論づけることはできていません。

この研究は、BMIの25近辺の人々に限った話となっている点には注意が必要です。BMIが25を大きく超えている人々は、BMIや腹囲の減少効果がより大きい可能性が考えられますが、本研究のRDDという研究デザイン上は大きく超えている人々は分析の対象外となっています。これは分析の構造的限界故ですが、専門家の支援スキーム効果を少なく見積もる要因の一つとなっています。

また、中には指導対象となっているにも関わらず、忙しい等の理由で専門家の指導を受けない個人が存在することが考えられます。しかし、筆者はその情報を利用できておらず、BMI的に指導を受ける必要性が通知された人々とそうでない人々の比較を行っています。この点も、専門家の支援スキーム効果を少なく見積もる要因の一つとなった可能性が考えられます。

また、国の予算執行の観点から考えると、統計的有意性のみでなく、コストパフォーマンスについても考える必要があります。例えば、本研究の示唆するBMIを男女ともに約0.1減少する効果は、他の取り組みと比較して効果のパフォーマンスがコストに見合っているのかを考えていく必要があります。

この研究では、これらの点についての議論はデータ等の限界から他の研究に譲っていますが、今後真剣に考えていく必要があります。

しかし、この研究のようにきちんと国の取り組み施策の効果の有無をより厳格に定量的に振り返り確認していくことは、今後の新しい各種施策の実施にとっても効果の大きさの予想に繋がる試金石ともなり、重要な研究となっていくことが考えられます。

加島 遼平(かしま りょうへい)
記事を書いた人

加島 遼平(かしま りょうへい)

労働安全衛生研究所 社会労働衛生研究グループ。 専門は労働経済学、応用計量経済学 (2023/02 経済学博士)。 割増賃金率の増加が労働時間に与えた影響など、各種の法改正の効果を研究中。 統計学的に何らかの因果関係の有無を確かめるのが趣味。