【平成28年度】 総括研究報告書 過労死等の実態解明と防止対策に関する総合的な労働安全衛生研究

  • 平成28年度
  • 高橋 正也
  • 総括報告書

研究要旨

わが国における過労死等予防に資するため、過労死等の医学・保健面より、1)過去の過労死等事案の解析、2)疫学研究(職域コホート調査現場介入調査)、3)実験研究(循環器負担のメカニズム解明過労死関連指標と体力との関係の解明)を平成27年度より開始した。3年計画の2年目に当たる平成28年度は次の成果を得た。

<過労死等事案の解析>
過労死等調査研究センターが作成した過労死等データベース(以下、「データベース」という。)を用いて、以下の解析を行った。

【労災認定事案】
①業務上と認定された脳・心臓疾患1,564件について、雇用者数100万人当たりの発生割合に基づいて詳細な解析を行った。発症時年齢は「50-59歳」、従業者規模は「10-29人」が最多であった。雇用者100万人当たりの脳疾患は3.7件、心臓疾患は2.3件であり、脳疾患の方が多く注意を要することが分かった。業務上認定の要因は「長期間の過重業務」が9割を超えて主要因であったが、労働時間以外の負荷要因としては、拘束時間の長い勤務、交代勤務・深夜勤務、不規則な勤務が認められた。雇用者100万人当たりの事案数で業種別にみると、漁業、運輸業・郵便業、建設業、宿泊業・飲食サービス業、サービス業(他に分類されないもの)が上位であった。

②業務上と認定された精神障害(自殺を含む)2,000件も同様に解析した。男性では「30-39歳」、女性では「29歳以下」及び「30-39歳」が最多であった。自殺に絞ると、男性では「40-49歳」、女性では「29歳以下」が最多であった。業務による心理的負荷としての出来事に着目すると、全体では長時間労働関連が46%、事故・災害関連が30%、対人関係関連が21%であったが、自殺に絞ると長時間労働関連が70.5%に上り、特に情報通信業では95.5%に達した。これらの出来事の影響は業種による差が大きいことが分かった。

③「過労死等の防止のための対策に関する大綱」で過労死等の多発が指摘されている5つの職種・業種(自動車運転従事者、教職員、IT産業、外食産業、医療等)のうち、本年度は「自動車運転従事者」と「外食産業」について、労働条件の特徴などを抽出し解析した。「自動車運転従事者」では、トラックドライバーは深夜・早朝を含む運行が多く、運行時刻が不規則であるとともに、荷役に伴う大きな身体的負荷が認められた。タクシー・バスドライバーは拘束時間が長く、客扱いによる大きな精神的負荷が特徴的であった。「外食産業」では昼間2交代に渡る長い勤務、現場責任者の場合の長い拘束時間と少ない休日という特徴があった。

④脳・心臓疾患の労災認定事案数が業種として最多の運輸業・郵便業における認定事案465事例を詳細に解析した。心臓疾患では死亡が多かったのに対して、脳疾患では生存が多かった。被災月をみると、1月~3月の厳寒期と7~9月の猛暑期という二峰性の分布を示した。トラック運転手に着目すると、勤務中の被災が大半であった(84%)。そのうち、約半数が事業場で被災し、特に荷扱い中によく生じていることが分かった。

⑤東日本大震災の被災3県(岩手、宮城、福島)において、震災に関連していると推測される事案(震災関連過労死等)を21件抽出し解析した。いずれも男性で、平均54歳であり、業種、職種、認定疾患名は多岐にわたっていた。

【労災不支給事案】
⑥業務上認定事案と同時期の5年間の脳・心臓疾患及び精神障害の労災不支給決定事案(業務外)の調査復命書を全国の労働局・労働基準監督署より収集し、データベースを構築し解析を行った。脳・心臓疾患1,961件は男性が85%、女性が15%と女性の占める割合が業務上認定事案の状況(男性96%、女性4%)に比べて多かった。男性では50歳代が最多であり、決定時疾患のうち脳疾患が58%であった。男性の業種別では建設業、運輸業・郵便業、卸売業・小売業の順に多かった。女性では「50-59歳」と「60-69歳」がそれぞれ3割を占め、脳疾患が79%に及んだ。業種別では医療・福祉や卸売業・小売業など対人サービスのある業種が多かった。全体として、発症前1か月から6か月の間の時間外労働時間は平均30時間ほどであった。労働時間以外の労働負荷要因としては、交代勤務・深夜勤務と拘束時間の長い勤務がそれぞれ10%程度であった。一方、精神障害2,174件(平成23年の認定基準による)については、業務上認定事案と同程度に男性が多く(6割)、自殺では男性が9割と大半を占めた。発症年齢別では「30-39歳」と「40-49歳」がそれぞれ3割を占めた。自殺に限ると「29歳以下」が最も多かった。業種別にみると、雇用者総数の多い製造業、卸売業・小売業、医療・福祉などで多かった。男女を問わず、最も多かった出来事は「上司とのトラブル」であった。

なお、平成29年度は、労災認定事案では重点5業種のうちの残り3業種(教職員、IT産業、医療)について解析を深めるほか、全業種について各負荷要因等の影響をより精密に解析する。労災不支給事案についても、平成28年度の成果及び平成29年度中に得られた成果を基に各負荷要因等の影響をより精密に解析する。

<疫学研究>
職域コホート研究の予備的な研究として行うフィージビリティ調査の実施等により、職域コホート研究を開始するとともに、現場介入調査を計画、実施した。また、研究分担者が関わる別の職域コホート調査における検討を進めた。概略は次の通り。

①コホート研究では、2万人規模のコホート集団(追跡調査の対象となる集団)を構築した。

②コホート研究の試験的・予備的な研究として位置付けるフィージビリティ調査(日本の労働力人口を模した1万人を対象としたWEB調査)を行った。

③上記の労働者1万人を対象とした勤務間インターバルの時間の長さの実態調査、1中小企業における職場環境改善の効果検証を行った。

④本研究におけるコホート研究の比較対照とするため、先行の職域多施設研究(J-ECOHスタディ:12企業10万人規模)のデータベースを用いて、残業時間とその後の糖尿病発症に関する研究や脳心血管イベントの症例対照研究を実施した。

平成29年度は、コホート研究はベースライン調査を行うとともに、介入研究では介入の実施とその後の検証を行う。

<実験研究>
過労死等の予防に資する実験研究を実施した。概略は次の通り。

①循環器負担に関する研究では、実験室実験の手法を用いて長時間労働による心血管系に及ぼす影響を血行動態の視点から明らかにする。このため、50人程の参加者を対象にして実験を行い、血管系の作業負担を軽減するための対応策に関する基礎データを蓄積することとした。

②労働者の体力指標に関する研究では、心肺持久力に注目し、これを簡便、且つ、安全に測定する手法を開発するため、ウェアラブル機器による情報、質問紙による情報、簡易な体力測定による情報を組み合わせた方法を用いて、被験者実験を実施し、100人程のデータを取得した。

平成29年度は、上記実験を継続し、結果の解析を行う。

執筆者

高橋 正也

PDF