9.8万人を追跡調査した結果、職場でのいじめ被害が自殺や自殺企図のリスクを約1.7倍に上昇させることが確認される

9.8万人を追跡調査した結果、職場でのいじめ被害が自殺や自殺企図のリスクを約1.7倍に上昇させることが確認される
目次

出典論文

Conway, P.M., Erlangsen, A., Grynderup, M.B., et al. Workplace bullying and risk of suicide and suicide attempts: A register-based prospective cohort study of 98 330 participants in Denmark. Scandinavian Journal of Work, Environment & Health, 2022, 48: 425–434. https://www.doi.org/10.5271/sjweh.4034

著者の所属機関

Department of Psychology, University of Copenhagen, Denmark.

内容

これまでの研究で、職場いじめが抑うつや自殺念慮など自殺と関係が深い要因と関連することが報告されてきましたが、職場いじめが実際に自殺や自殺企図に繋がるかは明らかになっていませんでした。そこでこの研究グループは、大規模な前向きコホート調査(9.8万人)のデータと受診歴や死因に関する国が持つ記録とを住民IDで紐付けることで、直接的に職場いじめと自殺行動(自殺完遂および自殺企図)の関連を調査し報告しています。

このコホート調査では「過去1年(あるいは6ヶ月)以内に職場いじめにあった」と答えたタイミングから平均で7.3年(範囲1日ー12.1年)のフォローアップ期間中に、145件の自殺企図と35件の自殺、および4件の自殺企図からの自殺が記録されました。このデータをコックス比例ハザードモデルという統計手法で解析すると、職場いじめの被害者は被害が無かった人に比べて後に自殺行動に至るリスクが調整前で1.83倍であることがわかりました。この関連は、性別や年齢、婚姻状況、社会経済的地位(いわゆる年収階層)、そして過去の精神疾患歴で調整した後でも有意でした(ハザード比:1.65~1.77)。

更に男女で職場いじめと自殺行動の関連を別々に検討したところ、女性では職場いじめと自殺行動の関連は見られず、男性においてのみ職場いじめと自殺行動の間に有意な関連が見られました(完全調整モデルのハザード比 :2.92)。

本研究から、職場いじめに遭うことは特に男性において自殺のリスクを高めることが示されたと言えます。

解説

この論文では、デンマークで実施された大規模な前向きコホート調査によって、職場でいじめられた人がその後自殺で亡くなったり自殺を図ったりするリスクについて調査した結果が報告されています。

自殺は日本のみならず、世界的に深刻な精神保健上の問題となっています。自殺行動の背景には様々な要因が有ることが指摘されていますが、職場で継続的に心理的なストレッサーにさらされることも、自殺と関連することが指摘されてきました。職場におけるいじめは、職業生活でさらされうる心理的なストレッサーの中でも特に負荷が高いと言えます。そして、世界的に見ても職場いじめの被害率は約15%と言われており、多くの人にとって他人事ではありません。

これまでも職場いじめとメンタルヘルスの問題については多くの研究が行われてきましたが、直接的に職場いじめと自殺の関連を調べた研究は、調査が大変なこともあってなかなかありませんでした。この研究では、コホート調査で住民ID(日本のマイナンバーのようなものと考えられる)を取得して国の各種のデータベースと紐付けることで、職場いじめ(自己申告)と自殺行動(公的な記録)の関連を検証することに成功しています。更に、共変量としてモデルに投入された他の項目(婚姻状況や年収階層、精神疾患の既往歴など)も本人からの申告ではなく公的な記録に基づいている点(自己申告よりも信頼度が高い)も本研究の強みと言えます。

一方で、デンマーク人のみを対象とした調査であることによる結果の一般化可能性(異なる文化圏に住む日本人にもそのまま当てはまるのか)や、職場いじめの中身までは取得していないこと(例えば、男女でいじめの内容は異なっていないのか)、対象者がどのような仕事にどのような働き方で従事していたかについて考慮されていない点などについては、今後さらなる研究が必要であると考えられます。

西村 悠貴(にしむら ゆうき)
記事を書いた人

西村 悠貴(にしむら ゆうき)

過労死等防止調査研究センター(RECORDs)では、現場介入調査班と循環器班に所属。専門分野は生理人類学・生理心理学。脳波などの生理指標を扱う実験系の専門性を生かして、夜勤・交代制勤務、長時間労働(運転)などに関する各種実験に関わっている。また、過労自殺事案の解析も担当していた。研究者になったきっかけは、ヒトがお互いに影響を与える背景や仕組みに興味を持っていたからである。オフの時は、自宅に小さなLinuxサーバーをおいて、おうちDXを目指して遊んで過ごしている。