RECORDsの取組み

【学会報告】第98回 日本産業衛生学会:その1

【学会報告】第98回 日本産業衛生学会:その1
目次

RECORDsメンバーが第98回日本産業衛生学会のシンポジウムに登壇

2025年5月14日~17日の4日間、仙台で開催された第98回 日本産業衛生学会において、RECORDsメンバーが登壇しました。(オンデマンド配信:2025年6月17日(火)~7月7日(月))

過労死等防止対策推進法制定から10年、これからの過労死等防止対策を考える。

「過労死等の防止のための対策を推進し、過労死等がなく、仕事と生活を調和させ、健康で充実して働き続けることのできる社会の実現に寄与すること」を目的として、2014年11月に過労死等防止対策推進法が施行されてから、10年が経過しました。過労死等には過重労働による脳・心臓疾患だけなく、心理的負荷等による精神障害・自殺も含まれ、近年、精神障害の労災認定件数は増加を続けています。依然として過労死等の問題は根絶には至っておらず、深刻な社会課題として残り続けています。本シンポジウムでは、この10年間に実施されてきた対策を振り返るとともに、今後10年、過労死等防止対策がすべての職場に根付き、実効性をもって展開されるために、産業保健職として何を課題と認識し、何に取り組むべきかを考える時間として企画されました。

 【日時】5月16日(金)16:45~18:45 【場所】第5会場
 【テーマ】過労死等防止対策推進法制定から10年、これからの過労死等防止対策を考える。
 【座長】吉川徹(労働安全衛生総合研究所過労死等防止調査研究センター)
     中西麻由子なかにしヘルスケアオフィス
 【演者】
  ■過労死等防止対策推進法を含む対策のこれまでとこれから
    高橋正也(労働安全衛生総合研究所 過労死等防止調査研究センター)
  ■労働衛生機関における小規模事業場支援の取り組み「訪問型BOHS(鹿児島モデル)」
    山本彩加公益社団法人鹿児島県労働基準協会 ヘルスサポートセンター鹿児島
  ■JALグループのカスタマーハラスメントへの取り組み
    田中雄作日本航空株式会社
  ■芸能界のメンタルヘルス対策の論点
    森崎めぐみ一般社団法人日本芸能従事者協会

シンポジウム11

過労死等防止対策推進法を含む対策のこれまでとこれから

過労死等防止対策推進法の施行(2014年11 月)から数えて、本学会開催2025 年5 月で10 年半を迎える。10 年間の過労死等防止に関わる行政施策で行われてきたことを踏まえ、現状や今後の課題について総論的に述べられた。

*概要*
働き方の面では、長時間労働の是正が重要課題であり、2019年度から大企業、2020年度から中小企業に対し、罰則付きの時間外労働規制が導入された。また、過労死が発生した企業に対しては、厚生労働省による再発防止のための行政指導も始まっている。労災認定基準の改正も進み、脳・心臓疾患では労働時間と他の要因を総合評価する形に、精神障害ではセクハラやパワハラ、さらに2023年にはカスタマーハラスメントが加えられた。働き方改善とともに、いかによく疲労回復し、リフレッシュするかという休み方も見直す必要があり、「休み方」にも注目が集まっている。そんな中、勤務間インターバル制度の導入が進められているが、中小企業では普及が進んでいない。加えて、フリーランスや芸術・芸能従事者などの働き手への対策も今後の課題である。

以上を踏まえ、今回のシンポジウムで扱う三つのテーマ(小規模事業場の産業保健、カスタマーハラスメント対策、芸術・芸能従事者の健康対策)は極めて適時である。

労働衛生機関における小規模事業場支援の取り組み「訪問型BOHS(鹿児島モデル)」

小規模事業場への産業保健サービスについて、現場での実践的な経験を踏まえ、労働衛生機関における取り組みが紹介された。

*概要*
日本の労働者の過半数は従業員50人未満の小規模事業場で働いているが、安全衛生体制が不十分で、労働災害の発生率も高い。小規模事業場は人的・経済的資源が限られており、自力での安全衛生対策が難しいため、外部専門職による支援が重要である。現在、地域産業保健センターが中心となって支援を行っているが、産業医の数は限られており、相談件数も少なく、事業者の関心の低さも課題である。各小規模事業場の安全衛生への関心の高低やニーズを踏まえて、産業保健サービスを提供できる体制を構築することが求められる。

そこで、ヘルスサポートセンター鹿児島は過労死等防止対策実装研究チームおよび鹿児島県トラック協会と連携し、小規模事業場向けに「訪問型BOHS(鹿児島モデル)」という新たな産業保健サービスをパイロット実施した。BOHS(Basic Occupational Health Services)は、WHO等が提唱するすべての職場に基本的な産業保健サービスを届けるという概念に基づくものである。今回は、団体経由産業保健活動推進助成金を活用し、事業主団体(鹿児島県トラック協会)加盟する事業者にプログラム参加を呼びかけることで、産業保健専門職による小規模事業場での健康支援強化を図った。今後は、訪問結果や準備過程を踏まえ、より多くの小規模事業場に対応可能な仕組みの構築が求められる。

JALグループのカスタマーハラスメントへの取り組み

ハラスメント対策の中でも、今後の強化が求められている「カスタマーハラスメント」について、航空業界での取り組みが紹介された。

*概要*
JALグループでは、2020年6月の厚生労働省告示第5号を契機に、社内に「カスタマーハラスメント分科会」を設置した。同年12月には、お客さまの迷惑行為への対応方針を社内で宣言し、2023年4月には「お客さま対応ガイドライン」を策定した。さらに2024年6月28日には、ANAグループと共同で、カスタマーハラスメントに関する基本方針を対外的に発信した。競合である両社が合同で取り組む背景には、「高品質なサービスを支える従業員の職場環境を守りたい」という共通の思いがある。また、課題に向き合う中で価値観を共有し、業界全体で対策を推進していこうという方向性が一致したことも大きい。

従業員保護を進めつつ、顧客満足度を損なわないようにすることも課題であり、そのためには取り組みの意義を明確にし、社員への浸透をどう図るかが重要となる。こうした課題に対応するために、社内で現在実施している主な取り組みも紹介された。

芸能界のメンタルヘルス対策の論点

日本の芸能界は、約95%の従事者が個人事業者であり、俳優・モデル・スタッフなど多くが徒弟制度によって技術を継承する専門職に従事している。これまでは法的保護がほとんどなかったが、2021 年に労災保険の特別加入制度の対象業種とされたことで、保険加入と災害防止措置を目的に当事者団体が形成され、安全衛生対策や健康管理も見直されつつある。しかし、芸術家・芸能実演家(パフォーマー全般)、スタッフが調査対象となった過労死等防止対策白書では、長時間労働やうつ傾向、自殺経験者の割合が高いなど深刻な実態が報告された。

*概要*
個人事業者は労働時間管理がなされず芸能従事者の長時間労働が常態化し、移動や公演による身体・心的負担も大きい。食事・睡眠が不規則で健康リスクも高く、事故や通勤災害、パワハラ・セクハラなどのハラスメントも多い。契約が短期かつ不安定なため、収入・生活基盤も脆弱である。稽古や待機時間を業務と見なさない慣行、安全経費の未整備、移動時間や誹謗中傷への対応不在など、構造的な課題が山積している。多層的な下請け構造における安全衛生責任の所在も曖昧である。

こうした特殊性をふまえ、芸能界に特化した保護と整備が急務であり、まずは健康診断やストレスチェックの受診率向上、精神面を重視したリスクアセスメントの実施など、命と健康を守るための基盤づくりが喫緊の課題である。

中村 有里(なかむら あり)
記事を書いた人

中村 有里(なかむら あり)

過労死等防止調査研究センター(RECORDs)の広報を担当。管理栄養士、健康運動指導士、アスレティックトレーナー。モットーは「苦手なものは、無理して食べない」。オフの日は、スポーツ観戦をして過ごすことが多い。