【学会報告】第33回 日本産業精神保健学会
RECORDsメンバーが日本産業精神保健学会において登壇
2026年8月1日~2日の2日間、大阪府枚方市総合文化芸術センターで開催された日本産業精神保健学会において、RECORDsメンバーの吉川徹統括研究員が、島悟賞受賞講演を行いました。(オンデマンド配信:2026年8月17日~9月30日)
島悟賞受賞講演:診療所と用水路 ―心の健康は、人々の暮らしの中で育ち、支えられる―
【日時】8月2日(日)12:40~13:10 【場所】第1会場
【座長】中嶋 義文(三井記念病院)
【演者】吉川 徹(過労死等防止調査研究センター)
■診療所と用水路 ―心の健康は、人々の暮らしの中で育ち、支えられる―
私は南信州・伊那谷の農家の次男として生まれた。幼いころから田植えや稲刈りを手伝いながら育った。農業を通じて学んだのは、田んぼは田んぼだけでは成り立たないということである。稲を育てる水は用水路によって運ばれる。用水路は地域の人々が共同で維持して初めて機能する。農村の営みは、個人と家族、共同体、人と暮らしを支える環境の上に成り立っている。産業医科大学在学中、パキスタン・ペシャワールで活動していた中村哲医師にお会いした。中村先生は「診療所を100 つくるより、一つの井戸、一本の用水路が多くの人を救う」と語られた。その後、内戦下の東チモールで医療支援活動に参加し、水や食料、安心して眠る場所、家族やコミュニティの存在の大切さを学んだ。人を支えるのは診療所だけではなく、人々の暮らしを支える環境そのものなのだと感じた。医師となり臨床に従事した後、労働科学研究所で研究活動に携わった。参加型職場環境改善や職場ドックの実践を通じて、働く人や職場には、自ら健康で働きやすい環境をつくる力があることを学んだ。西アフリカでのエボラ出血熱対応に参加した際も、人々の健康は医療だけでなく、働くことや人とのつながりによって支えられていることを実感した。近年取り組んできた過労死・過労自殺研究からも、働く人の精神健康問題の多くが個人の問題だけではなく、過酷労働、組織文化、人間関係、支援体制などの社会的・構造的要因と深く関連することが明らかになっている。産業精神保健には、個人への臨床的支援とともに、職場環境や社会の仕組みへの働きかけが求められる。
本講演では、島悟先生が示された働く人への臨床的支援の視点を踏まえつつ、「診療所と用水路」という比喩を手がかりに、職場環境改善と過労死等予防の歩みを振り返り、個人への支援と、働く人や職場が本来持つ力を支える産業精神保健における専門家の役割を改めて考えたい。(吉川 徹)
