【令和元年度】 総括研究報告書 過労死等の実態解明と防止対策に関する総合的な労働安全衛生研究

  • 令和元年度
  • 高橋 正也
  • 総括報告書

研究要旨

我が国における過労死等防止に資するため、1)過労死等事案の解析、2)疫学研究(職域コホート研究現場介入研究)、3)実験研究(循環器負担のメカニズム解明過労死関連指標と体力との関係の解明)を第1期(平成27~29年度)に引き続き、第2期(平成30~令和2年度)の研究として開始し、2年目の令和元年度にはそれぞれ以下の結果を得た。

<過労死事案研究>
①平成22~29年度の8年間の脳・心臓疾患及び精神障害の労災認定事案についてのデータベース(脳・心臓疾患2,280件、精神障害3,517件)を構築し、(1)性・年齢、疾患名、業種・職種、健康管理状況等及び出来事別の経年変化、(2)重点業種を業種横断的かつ経年的に検討した。その結果、脳・心臓疾患事案、精神障害事案ともに決定時疾患名の年度による顕著な差異は見られなかった。一方、脳・心臓疾患事案の被災者の事業場が就業規則及び賃金規程を有する割合、健康診断実施率は平成27年度以降に増加していること、精神障害事案では心理的負荷の出来事のうち、「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事」「2週間以上にわたる連続勤務」「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行」が平成27年度以降に増加していること等が確認された。

②脳・心臓疾患のうち脳内出血事案604件に注目し、出血部位別の分析を行った。その結果、被殻出血が全体の半数(43.8%)を占め、続いて視床出血(16.7%)、脳幹出血(14.4%)が多かった。これらの出血部位は高血圧性脳出血の好発部位として知られ、高血圧と過労死等の発症との関連性について検討が必要である。また、生存事案では被殻出血が55.3%と最も多いが、死亡事案では脳幹出血が35.5%と最も多かった。

③精神障害のうち自殺事案167件を対象に背景要因や発症前6か月の時間外労働の推移等の分析を行った。男性の30~40歳代が多いこと、事務系・管理系と専門的・技術的職業従事者が多く、雇用者100万人当たりの自殺者数では管理職における自殺発生率が突出して高いこと、疾患名はF32うつ病エピソードが多く、自殺の手段では縊首、場所は自宅敷地内が多いことなどがわかった。時間外労働時間の解析から、4つの推移パターンが見出され、それぞれの長時間労働の背景要因の特徴を整理した。

④介護サービス業における過労死等の66件の分析を行った。脳・心臓疾患事案では、長時間労働に加えて長時間夜勤時の対策が必要であること、精神障害事案では、決定時疾患を生じさせる決定時イベントが心理イベントを介して発症していたことから、心理イベントの予防を行うこと、具体的には、1人夜勤を避ける、イベントが生じたら速やかに組織的な対応を行う、イベント後に長時間労働をさせない等の対策が有効であることが示唆された。

⑤トラックドライバーの過労死等を低減させる目的で、トラック事業者がトラックに搭載しているデジタコグラフのAI解析を目的として、デジタコデータの集積方法、データ解析スキームの構築、トラック事業者に対するデータのフィードバック方法を策定した。その結果、1,000例以上のデジタコの利用が可能になり、今後、本スキームに基づいて研究を展開する。

⑥裁量労働制適用労働者の過労死等の労災認定61事案を対象に、その実態と背景要因を検討した。長時間労働による過重業務、実労働時間の未把握、対人関係の問題等の実態が明らかとなった。

⑦裁量労働制適用者26事案(脳心12件、精神14件)を対象に、労働時間・職務遂行の状況や、事業場・上司による職場管理などの視点から事例分析を行った。疾患発症の機序は、長期にわたる長時間労働及びその背景としての業務の専門性あるいは業務区分の明確性ゆえに他者との協働の困難性、また特に精神事案においては被災者の性格も相俟って業務に過重な負荷がかかっていた。さらに、精神障害事案については、職場における人間関係を契機として業務上の心理的負荷が生じていた。事業場・企業は、裁量労働制のみなし時間を適正なものとすること、出退勤管理の方法に万全を期し、裁量労働制適用者の実労働時間管理を適切に行ったうえで、健康福祉確保措置や苦情処理措置を適正に運用していくことが必要である。

⑧精神障害事案のうち、長時間労働が負荷の主要部分を占める「長時間労働関連事案」計422件(生存事案302件、自殺事案120件)を対象として、生存・自殺事案を比較した。その結果、生存事案は自殺事案と比べ、勤続年数が短い、勤め先経験数が多いなどの特徴があった。業種や職種においても生存事案と自殺事案では分布の特徴が異なるなど、被災者属性に相違が見られた。また、生存事案における発病時年齢50代の長時間労働関連・生存事案43件を見ると、事案からは、「ムリが限界に」「業務・環境への適応」「厳しすぎる指導」「過度の追及」「不当な扱い」という類型が見出された。長時間労働下での精神障害発病プロセスにおいては、被災者の負荷認識に関していくつかの特徴的な形があることがうかがえた。

<疫学研究、現場調査>
⑨勤務状況とその後の健康との前向き関連を調べる職域コホート研究を開始し、長期的研究体制を整えた。令和元年度は目標数を達成するための参加者リクルート、ベースライン調査の基盤を整えることができた。勤怠データ、健診データ、ストレスチェックデータ、質問紙データに基づいて横断的な分析を行った。その結果、労務データの労働時間が長くなるほど労務データと質問紙データの一致度が対象企業によって異なる可能性のあること、一企業のデータを用いた解析では、残業時間の蓄積と収縮期血圧、拡張期血圧、LDLコレステロール、また心理指標(心理的ストレス反応)との間に関連が見られるなどがわかった。今後の課題は研究参加企業及び参加者の参加継続の維持である。

⑩トラックドライバーの過労死防止に効果的な介入策の立案に向けて、働き方や休み方の異なる長距離及び地場トラックドライバーの睡眠が疲労及び血圧に及ぼす影響を現場観察調査により検討した。その結果、長距離の疲労感に及ぼす拘束時間の長い勤務と車中泊による短い睡眠時間の影響があること、長距離と地場ともに休日明け勤務1日目の出庫時の収縮期血圧が、睡眠時間や出庫時刻にかかわらず高くなることが明らかになった。

⑪過労死等事案より抽出した過労徴候を用いて開発中の「過労徴候しらべ」を用いて、トラックドライバーと看護師を対象に、彼らの労働・生活要因と過労徴候の関連性を検討した。その結果、これまで、トラックドライバーにおける疲労リスク要因とされてきた残業時間や睡眠時間、夜勤回数、運行スケジュール、手待ち時間等と過労徴候の関連性が確認された。このことより、それらの疲労リスク要因を行政、職場、個人等のレベルにおいて工夫を凝らしながら改善することは、過労死予防に寄与することが再確認された。

<実験研究>
⑫長時間労働と循環器負担のメカニズム解明に関する実験研究から、(a)長時間労働時の加齢や安静時血圧の影響を考慮したより具体的な対策が必要であること、(b)長時間労働時の睡眠確保が重要であること、(c)長時間労働による心血管系の負担を軽減するための勤務中の休憩配置を提案することが可能になることが考えられた。

⑬心肺持久力(CRF)に関する研究では、労働者のCRFを簡便かつ安全に評価する検査手法として開発したHRmix等を用いて、(a)昨年度までの被験者実験のデータを用いた分析と論文投稿、(b)HRmixの改良のための被験者実験、(c)質問紙(WLAQ_CRF)や体力測定法(JST)を用いた横断調査を行った。

<過労死等防止チェックリスト開発>
⑭過労死等の防止のための具体的な対策アクションの実行・継続を支援するために、各現場の状況や意見に基づいた対策の検討ができる柔軟性のあるツールの開発のための基礎情報の収集と整理を行った。簡便性を重視しての、個々の業種・職種などの特性の検討に基づいた職種特化型ツールの検討が考えられる。次年度は過労死事案分析から得られた業種ごとのファクトシートとあわせたチェックリスト開発を進める。

執筆者

高橋 正也

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