【令和2年度】 総括研究報告書 過労死等の実態解明と防止対策に関する総合的な労働安全衛生研究

  • 令和2年度
  • 高橋 正也
  • 総括報告書

研究要旨

我が国における過労死等防止に資するため、1)過労死等事案の解析、2)疫学研究(職域コホート研究現場介入研究)、3)実験研究(循環器負担のメカニズム解明過労死関連指標と体力との関係の解明)を第一期(平成27~29年度)に引き続き第二期(平成30~令和2年度)の研究を行い、最終年度の令和2年度にそれぞれ以下の結果を得た。

<過労死事案研究>
①平成22~30年度の9年間の脳・心臓疾患及び精神障害の労災認定事案についてのデータベース(脳・心臓疾患2,518件、精神障害3,982件)を構築し、性・年齢、疾患名、業種・職種、健康管理状況等及び出来事別の経年変化、雇用者100万人対事案数等を解析した。経年変化分析から、脳・心臓疾患事案では、被災者の事業場が就業規則及び賃金規程を有する割合、健康診断実施率が有意に増加し、精神障害事案では、具体的出来事の「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事」、「2週間以上にわたる連続勤務」、「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行」が有意に増加していた。

②外食産業における過去9年間の脳・心臓疾患215件、精神疾患261件、合計476件を解析した。脳・心臓疾患はやや増加傾向、精神疾患はやや減少傾向であった。全業種に比べて出退勤の管理はタイムカードによるものが多いが、就業規則、賃金規程の作成、健康診断受診率は低かった。22件の未遂を含む外食産業の自殺事案分析から、多くの事例は長時間労働を背景にして、若年、責任・ノルマ、いじめ・暴力・ハラスメント、ミスや指導・叱責、転職や配置転換による新規業務の急激な負担増加など、複数の心理的負荷が重なって精神障害を発症し自殺に至っていた。

③脳内出血(脳出血)に注目し、業務上事案(412件)、業務外事案(528件)の計940件を対象に、業務上外で脳内出血の部位(被殻出血、脳幹部出血等の高血圧性脳出血部位とそれ以外)の比較を行った。ロジスティック回帰分析の結果、業務上事案で有意に高血圧性脳出血部位からの出血が多く(オッズ比は1.79(95%CI:1.14-2.82))、時間外労働時間が増加するにつれ、高血圧性脳出血の発症オッズ比は増加することが確認された。

④精神障害のうち自殺事案497件を解析した。男性の30~40歳代、管理職等のホワイトカラー系の職種が多いこと、建設業の発生割合が多いことなどの特徴があった。また、精神科の受診歴と関連する項目に関する解析では、既婚者の受診歴が高いこと、長時間労働で受診率が下がること等が示された。

⑤いじめ・暴力・ハラスメントが単独並びに複合的に生じた事案の特徴を検討した。平成23年度以降の7年間の2,923件を解析した結果、単一項目認定は1,339件、複数項目認定は1,584件認められ、潜在クラス分析の結果、「人間関係の問題関連」、「仕事内容・量の変化や連勤関連」、「恒常的な長時間労働関連」、「傷病と惨事関連」、「複合的な問題」の5つに分類された。また、いじめ・暴力・ハラスメントと複数項目の組み合わせによる認定が約半数を占め、心理的負荷が中程度であっても、複数の出来事が重なり精神疾患を発症していた。

⑥運輸業,郵便業の道路貨物運送業(237件)に注目し、精神障害の特徴を解析した。男性が約90%、事故や悲惨な体験に関連する心的外傷後ストレス障害(PTSD)はドライバーが多く、長時間労働による労災認定の出来事は、ドライバーの約50%、非運転業務の75%が該当していた。また、ドライバーの長時間労働は、運転労働以外に手待ち、荷役、付帯作業といった発・着荷主の現場での作業が多く、その実態を明らかにする必要がある。

⑦トラウマティックな出来事を体験した介護職員84事例に着目し、出来事が発生した背景を検討した。半数以上が暴力等への遭遇で、多くが一人で被災し、他者の支援がない状況であった。暴力等の背景には認知症等や精神疾患等の症状が関係し、高齢者、障がい者ともに、「家に帰りたい」、「知らない人に触られたくない」、「人と関わりたい」といった利用者本人の希望や意思が背景にあるケースも少なくなかった。

⑧船員(船員法上の船員以外の乗組員を含む)の過労死等認定事案(脳・心臓疾患33件、精神障害19件、合計52件、過去8年間)を解析した。漁業が5割、運輸業・郵便業が3割、内航船が8割、外航船が2割、乗組員数が10人未満の船が6割を占め、ほとんどが50人未満の船であった。脳・心臓疾患では死亡事案が約4割で、重症化してからの救急要請が多く、発症から病院までの搬送時間が長かった。精神障害における心理的負荷の出来事では、揚網機等による負傷や転覆、爆発、他船との衝突等の船内事故、慣れない業務に起因する心理的負担、対人関係によるものに大別された。

⑨脳・心臓疾患による過労死等の「労働時間以外の負荷要因」に注目し、過去8年間の過労死等事案(n=2,280)を解析した。全事案の約半数(1,203件、52.8%)に「労働時間以外の負荷要因」が記載され、最も多い負荷要因は「拘束時間の長い勤務」、次いで「交替制勤務・深夜勤務」、「不規則な勤務」であった。「不規則な勤務」では、始業・終業時刻ともに変動が激しいこと、「出張の多い業務」では、出張先での業務による負荷に加え、長期間・多頻度の出張、目的地に移動するまでの車の運転などが被災者の負担になっている可能性が示唆された。

⑩脳・心臓疾患による過労死等の「異常な出来事への遭遇」により労災認定された68件を解析した結果、男性が9割、生存が8割で、異常な出来事の負荷の状況は、多い順に「作業環境の変化」、「精神的負荷」、「身体的負荷」であった。また、異常な出来事の種類は以下の7つに類型化でき、多い順に「暑熱作業」、「寒冷作業」、「地震」、「事故」、「暴力」、「交通事故」、「異質な業務」であった。

⑪トラックドライバーの運行形態と健康起因事故との関係を明らかにする科学手法を開発するために構築したデジタルタコグラフ(デジタコ)データの集積システムを活用し、デジタコデータから運行形態の特徴を抽出して運行パターンの定量解析を行い、サーバーに集積されたデジタコデータを、特徴的な8つの運行パターンへ分類するプログラムを開発した。

⑫過労死等における長時間労働等過重負荷に注目して、職場管理における実務的課題及び法制度運用上の課題の提示を目的とし、脳心事案1,516件、精神事案2,041件を対象に、職位、出退勤管理方法、労働組合等の有無、36協定の有無等の定量的検討を行った。その結果、職位が上がると長時間労働など過重な負荷がかかること、実労働時間の客観的な記録方法であるタイムカードが活用されていても労働時間の長さには影響がないと考えられることなどが分かった。

⑬精神障害の労災認定事案(うち、自殺以外の事案(生存事案))において、特別な出来事「極度の長時間労働」に該当する71事案を対象に、その事案特性に関する集計及び調査復命書等の記述内容の分析を行った。その結果、相当数の事案で頻繁な深夜労働や、休日がきわめて少ない連続勤務の実態が確認され、長時間労働になった要因については、出退勤管理や時間外労働に係る自己申告制の運用等に伴い労働時間が正確に把握されていなかった、管理監督者扱い等に伴い労働時間の状況の把握が疎かになっていた、実労働時間は把握されていたものの実効性のある長時間労働対策が行われていなかったなどが確認された。

<疫学研究、現場調査>
⑭国内の企業などに勤務する2万人労働者集団(コホート)を対象としたJNIOSHコホート研究において、協力企業の継続した研究参加を促し、本年度は企業労働者計11,313人を対象とした解析を行った。その結果、健康診断指標ではBMI、収縮期血圧、拡張期血圧、ALT、空腹時血糖、HbA1c、中性脂肪と平均労働時間との間に関連がある可能性が示唆された。ストレスチェック指標では心理的ストレス反応との関連が示唆された。また睡眠状態に関する質問との関連では、睡眠不足や入眠までの時間、起床時疲労感、仕事中の眠気との有意な関連が示唆された。

⑮労働現場での効果的な疲労対策の立案を念頭に、働く人々の過労リスクを簡便に測定するための調査票ツール「過労徴候しらべ」の開発、交代制勤務における睡眠マネージメントの検討、勤務間インターバルの確保と夜間睡眠の取得を促す交代制勤務シフトへの現場介入調査を実施した。結果、過労徴候しらべ得点と脳・心臓疾患の既往歴の間に有意な関連性が認められた。睡眠マネージメントに関しては、夜間睡眠が12回以下の場合、様々な疲労関連指標が悪化する傾向が観察された。

⑯トラックドライバーの現場調査の結果より、地場運行では長距離運行に比して、短い勤務間インターバル、早い出庫時刻、短い睡眠時間で働いていることが明らかになった。勤務日の疲労は、地場の出庫時や長距離の帰庫時といった短時間睡眠の後に高くなった。血圧値に関しては、高血圧者が短時間睡眠の場合に血圧値がより一層高くなる傾向がうかがえ、また運行形態にかかわらず特に勤務1日目の出庫時に高くなることが示された。

<実験研究>
⑰長時間労働と循環器負担のメカニズム解明に関する実験研究から、1)長時間労働時の加齢の影響を明らかにし、高年齢群への配慮が必要であること、2)長時間労働と短時間睡眠(1日間の5時間睡眠)の相互作用は見られなかったものの、それぞれが血行動態反応、心理反応、作業パフォーマンスに悪影響を及ぼすこと、3)50分以上の長めの休憩は心血管系の負担を軽減し、夕方にも長めの休憩を設けることが望ましく、そのタイミングは多少柔軟に設定することは可能であることを明らかにした。

⑱心肺持久力(CRF)に関する研究では、労働者のCRFを簡便かつ安全に評価する検査手法として開発したHRmix等を用いて、(a)昨年度までの被験者実験のデータを用いた分析と論文投稿、(b)HRmixの改良のための被験者実験、(c)質問紙(WLAQ_CRF)や体力測定法(JST)を用いた横断調査を行った。

<過労死等防止支援ツール開発>
⑲過労死等の防止のための支援ツールとして、過重労働とストレス・メンタルヘルスに関する事業者による自主的・包括的対策を支援する「過労死等の防止のためのアクション支援ツール」を開発した。職場の目標を示す「6つの柱」として、①健康の維持に必要な睡眠・休息がとれる職場(長時間対策)、②目標・計画・進捗が共有され、協力して持続的に成長できる職場(業務と経営管理)、③安全に働ける職場(事故・災害防止とケア)、④互いに尊重し支えあえる職場(人間関係支援、ハラスメント等対策を含む)、⑤社会的に真っ当な職場(コンプライアンス)、⑥健康で元気に働ける職場(健康管理とワークライフバランス)を設定した。これらの6つの柱と目標のそれぞれに対し、より具体的な「改善視点」を設定し、さらに下位のアクションフレーズ候補を選択・決定した。現時点で6つの柱のそれぞれにつき7~39、計94のアクションフレーズ候補を設定した。

執筆者

高橋 正也

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