【平成29年度】 総括研究報告書 過労死等の実態解明と防止対策に関する総合的な労働安全衛生研究

  • 平成29年度
  • 高橋 正也
  • 総括報告書

研究要旨

わが国における過労死等防止に資するため、過労死等の医学・保健面より、1)過労死等事案の解析、2)疫学研究(職域コホート研究現場介入研究)、3)実験研究(循環器負担のメカニズム解明過労死関連指標と体力との関係の解明)を平成27年度より開始した。3年計画の3年目に当たる平成29年度は次の成果を得た。

<過労死等事案の解析>
過労死等調査研究センターが作成した業務上及び業務外の労災事案のデータベース(以下、「データベース」という。)を用いて以下の解析を行った。

①「過労死等の防止のための対策に関する大綱」で示されている医療、教職員、IT産業、外食産業、自動車運転従事者の5つの業種・職種(以下「重点5業種」という。)について解析を行った。

-医療・福祉の事案は、脳・心臓疾患が52件、精神障害が233件であり、67%が女性であった。職種は介護職員が最も多く、次いで看護師、事務職員、その他の医療専門職、医師の順であった。脳・心臓疾患では医師が最も多く17件であり、精神障害では介護職員が70件、看護師が52件であった。認定理由として、脳・心臓疾患では「長期間の過重業務」が多く、精神障害では「悲惨な事故や災害の体験、目撃(患者暴力、患者・利用者の急変、医療事故等)」が多かった。

-教育・学習支援業の事案は、脳・心臓疾患が25件、精神障害が57件であった。脳・心臓疾患では「長期間の過重業務」による認定が多い一方、精神障害では「上司とのトラブルがあった」などの対人関係の出来事による認定の割合が大きかった。教員の中で多かった職種は、大学教員、高等学校教員であった。

-情報通信業の典型的職種として、システムエンジニア(SE)とプログラマーを選定した。脳・心臓疾患ではSEが20件、プログラマーが2件で、精神障害ではそれぞれ35件及び3件であった。精神障害の疾患名は「うつ病エピソード」が多く、被災者全体の58%を占め、業務による心理的負荷を見ると、「特別な出来事」の「極度の長時間労働」、「恒常的な長時間労働」が多かった。

-外食産業の典型的職種として調理人と店長を選定した。脳・心臓疾患では、調理人が35件、店長が30件、精神障害ではそれぞれ20件及び16件であった。労災認定要因では、脳・心臓疾患において調理人及び店長ともに長時間の過重業務が全ての事案で認められた。精神障害では、調理人は、「ひどい嫌がらせ、いじめ、又は暴行」、「上司とのトラブル」などの対人関係の問題が多かったのに対し、店長は配置転換、転勤など「役割・地位の変化等」によるものが多く、職種で異なる点が見られた。

②業種別に最も被災者が多い運輸業・郵便業における、脳・心臓疾患の業務上事案と業務外事案の解析を行った。業務外事案の発症内容を見ると、事業場における荷扱い中、長い拘束時間、不規則勤務、早朝勤務、夜勤・交代制勤務、年齢が50歳代、雇用期間が1年未満と15年以上などの点で業務上事案と似ていた。

③運輸業・郵便業における精神障害事案214件について解析を行った。事案全体の50%が恒常的な長時間労働、31%が仕事上の問題、21%が上司に関連した問題、約10%が乗客に関連した問題、路上での事故(被害)、事業場内作業時の事故(被害)に関連した。仕事上の問題では恒常的な長時間労働を伴う事案が多く、上司に関連した問題では被災労働者に対する罵声や叱責に関連した出来事が多く認められた。

④重点5業種の精神障害事案について、レーダーチャートを用いた可視化の手法を検討した。また、業務上外の労災認定事案を総合した労災請求事案全体の実態をまとめた。

<疫学研究>
職域コホート研究を開始するとともに、現場介入研究を計画、実施した。職域コホート研究の予備的な研究として実施したフィージビリティ調査結果の解析を行った。また、研究分担者が関わる別の職域コホート研究における検討を進めた。概略は以下のとおりである。

①職域コホート研究では、2万人規模のコホート集団(追跡調査の対象となる集団)を構築することとし、調査を開始した。

②平成27年度に実施したフィージビリティ調査の結果を用いて、勤務間インターバルに注目し、睡眠の量、質との関連性の検討、心肺機能に注目した身体活動状況(座位時間)と疾病罹患リスクとの関連性を検討した。

③トラック運転者及び看護師を対象とした現場実態調査、1中小企業における職場環境改善の効果検証を行った。④本研究における職域コホート研究の比較対照とするため、先行の職域多施設研究(J-ECOHスタディ:12企業10万人規模)のデータベースを用いて、残業時間とその後の糖尿病発症に関する研究や脳心血管イベントの症例対照研究を実施した。

<実験研究>
過労死等の防止に資する実験研究を以下のとおり実施した。

①循環器負担に関する研究では、長時間労働時の血行動態反応を明らかにし、加齢、安静時高血圧症の有無、休憩の影響を検討した。その結果、長時間労働は心血管系の負担を増大し、特に高血圧群の負担が大きいことが示された。一方、作業中の長めの休憩(50分以上)が過剰な血行動態反応を抑制する効果が認められたが、15分以下の短めの休憩はこれらの抑制効果が認められなかった。

②労働者の体力指標に関する研究では、心肺持久力(Cardiorespiratoryfitness,CRF)に注目し、平成27~28年度に実施した実験室実験の継続と結果解析を行い、労働者のCRFを簡便かつ安全に評価するための評価方法の開発を行った。その結果、本研究で開発した新しい評価方法(仮称HRmix)は、CRF測定法として一定の水準にあることが示された一方で、いくつかの課題(ウェアラブルデータの取得方法や解析方法に改善の余地があること、対象者を増やし男女別に検討する必要があることなど)も明らかとなった。

<まとめ>
本研究の結果をまとめると、次のとおりである。①過労死等の労災認定事案の、業種、性別、年齢などによる違いを明らかにし、脳・心臓疾患と精神障害それぞれについて労働時間を含む関連要因を解析した。また運輸業・郵便業、医療・福祉、教育・学習支援業など過労死等の多発している重点5業種を選定し、業種ごとの特徴を提示した。②勤務状況とその後の健康との前向き関連を調べる職域コホート研究を開始し、フィージビリティ調査では勤務間インターバルや心肺機能に注目した解析を行った。過重労働の防止策を探る現場介入調査を小規模事業場で実施するとともに、運輸業、医療業の現場調査を実施した。③実験研究により長時間労働と循環器負担、心肺持久力に関する研究を行った。引き続き、過労死等の更なる実態解明と防止策の提案に関する研究を継続する。

執筆者

高橋 正也

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