うつや不安の改善に向けた身体活動介入の有効性について

うつや不安の改善に向けた身体活動介入の有効性について
目次

出典論文

Singh B, Olds T, Curtis R, et al. Effectiveness of physical activity interventions for improving depression, anxiety and distress: an overview of systematic reviews [published online ahead of print, 2023 Feb 16]. Br J Sports Med. 2023;bjsports-2022-106195. doi:10.1136/bjsports-2022-106195

著者の所属機関

南オーストラリア大学

内容

“うつや不安”に対する身体活動の効果について「アンブレラレビュー」(解説参照)という研究手法を用いて検証している。検証のために収集された論文は、“うつや不安”と身体活動との関係をランダム化比較試験で検証した複数の実験結果をまとめた論文(レビュー論文)である。つまり著者らの目的は、複数の総括論文をさらに総括するための分析を行い、このテーマに関して現段階での結論を示すことである。分析に使われたレビュー論文は97編であり、それらには1,039件のランダム化比較試験が含まれ、参加者の総数は128,119人であった。参加者は成人(29~86歳)男女で、健常者、精神疾患者、慢性疾患者など様々である。「身体活動を高める介入」には、有酸素運動や筋トレだけでなく、ストレッチやヨガによる介入も含まれている。

 アンブレラレビューの作法に準じた手順で分析が施され、その結果として、「身体活動を高める介入は“うつや不安”の改善に効果量を示す数値レベルとしては中程度の効果があり、これは薬物療法や心理療法の効果と同等か、やや高い」、「身体活動の強度は低めより高めの方が効果は高い」、「一週間あたりの運動時間が多いほど効果が高まるわけではない」などが示された。著者らは結論として「“うつや不安”の改善に明らかな効果のある身体活動介入を対策の主体として扱ってもよいのではないか」と述べ、またその方法については「運動の頻度を多くしなくても、また、短期間であっても効果は期待できる。ただし、運動強度は少し高めに設定することを意識した方がよいかもしれない」と提案している。

解説

介入効果を検証する実験では、エビデンスレベルを高める実験方法としてランダム化比較試験が推奨されるが、その方法で検証したとしても、一つの試験結果のみでは結論を得にくい。そこで複数の試験結果を総括的に分析(メタアナリシス)することで結論を得ようとする研究方法(システマティックレビュー)がある。しかしテーマによってはシステマティックレビュー論文が乱立する場合があり、それらの総括(総括の総括)がまた必要になる。その方法が「アンブレラレビュー」であり、今回の論文で使われた手法である。掲載された雑誌は体力科学分野で著名な研究誌で、学界での影響力は強い。

世界中で精神疾患者数が増加する中、その対策としては薬物療法や心理療法が主体とされており、運動療法はそれらの補完・代替的方法として扱われる場合が多い。しかし最近は運動療法の効果を示す論文が増加している。今回の論文でも著者らは「“うつや不安”に対する運動療法の効果の程度は薬物療法や心理療法と同等か、やや高い。このような効果があり、副作用もなく、精神疾患以外への効果も期待できるのであれば、運動療法を主体に考えても良いのではないか」と主張している。

 一方、システマティックレビューの結果には“出版バイアス”(介入効果がなかったことを示す実験結果は論文として公表されにくいため、メタアナリシスに含まれないことによる偏り)が影響することが懸念されている。この論文では出版バイアスの影響を検証する分析が施され、その影響はなかったことが示されているが、2023年6月に開催された体力科学分野の国際学会(American College of Sports Medicine: ACSM)でこの論文が取り上げられ、出版バイアスについてはさらに慎重に考えるべきとの意見が出ていた。

松尾 知明(まつお ともあき)
記事を書いた人

松尾 知明(まつお ともあき)

過労死等防止調査研究センター(RECORDs)の上席研究員で、体力科学班とコホート研究班に所属。専門分野は体力科学。労働者の体力(身体的体力・精神的体力)に関わる実験や疫学調査を担当している。研究者となる前は、会社員としてフィットネスクラブ運営業務やマーケティングリサーチ業務などに従事。