中小企業経営者のストレス対策に対話エージェントが有望―ニュージーランドでの予備的研究の成果
出典論文
著者の所属機関
University of Canterbury, Christchurch, New Zealand
内容
仕事に関連したストレスは、中小企業の経営者の間でも深刻で、バーンアウト、ベンチャー企業の失敗、自殺など、さまざまな悪影響につながる。ストレス管理介入の大半は、時間と予算の制約、孤立、経済的不安、意思決定の負担など、中小企業の経営者特有の課題が扱われない可能性、従来のメンタルヘルス対策への経営者の偏見とためらい、アクセシビリティの悪さなどから、中小企業の経営者には必ずしも向かない。この研究では、ニュージーランドの中小企業経営者14名を対象に、対話エージェント(CA: conversational agent)主導型ストレスマインドセットプログラム(mCASMI: mobile messaging-based Conversational Agent-Led Stress Mindset Intervention)の有効性と受容性が評価された。mCASMIは、ストレスについての信念をネガティブなもの(消耗的)からポジティブなもの(促進的)に変えることで、ストレスのネガティブな影響を減らすことができるという、ストレスマインドセット理論(Crum et al., 2013)の考え方に基づいている。参加者は、スマートフォンやタブレットを介して、4日間、合計8本の短いビデオの視聴や会話エージェントとのやり取りを行った。その結果、mCASMIの参加者のストレスに対する考え方は変化し、それに伴って生産性と仕事のパフォーマンスが向上したと自己報告があった。経営者は積極的に参加し、CAと信頼関係を築いていた。この研究は、小規模で、プログラムに参加していない人との比較やプログラム終了後の効果の持続の確認も行われていないことから、結果は予備的なものである。しかし、この研究は、最先端技術の応用を発展させたもので、結果は、より大規模な実行可能性に関する研究の必要性を示唆している。
解説
CAは、自律した対話が可能なコンピュータ・システムで、最近のものは、人工知能(AI: artificial intelligence)によって動いていることが多い。AIとは、人間のように学習、推論、問題解決、理解、認識などの知的作業を行う能力を持つシステムのことを言う。CAは、システムの自律性や対話性に着目した概念だが、類似のシステムには、チャットボット(テキストや音声で対話を行うアプリで、自律性の低いものも含む)、具現化CA(外装のデジタル表現を伴うCA)、バーチャル・ヒューマン(人間の見た目の具現化CA)、社会的支援ロボット(ロボットであり、CAと同様の対話機能を有するものもある)などがある。最近では、医療や保健領域で、CAに関する研究が爆発的に増加している。さらに、2023年3月にOpenAI社がGPT-4という大規模言語モデル(LLM: large language model)※を発表したことにより、その流れが一層加速している。医療・保健、教育、福祉、ビジネス領域に比べて、産業保健領域の研究は非常に少なく、この研究は、貴重な報告である。ただし、システムは、ルールベースと呼ばれる、プログラムによって応答をコントロールする方式が使われている。いわば、一世代前の「プレGPT」時代のシステムと言える。それでも一定の効果が得られたことは、今後、産業保健領域で、LLMを利用したCAが登場することに期待が持てる内容である。ただし、本研究は小規模なもので(対象は男性9名、女性8名)、統制群のない介入前後の比較研究であり、介入後に期間を空けたフォローアップの測定も行われていない。著者らが述べているように、予備的な研究結果であるという点には注意が必要である。
※大規模言語モデルとは、大量のテキストデータを使って学習させたシステムで、自然言語を理解し、生成する機能をもつもので、生成AIの1つ