ストレス要因と抑うつ症状との関連に対する心理的ディタッチメントの媒介効果と調整効果:日本人労働者を対象とした縦断的研究
インフォグラフ
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この研究から分かった事
- 28か月間隔で、心理的ディタッチメント(仕事以外の時間に仕事から心理的に距離を取ること)は、ストレス要因と抑うつ症状との関連を媒介・調整していた。
- ストレス要因の増加を避け、心理的ディタッチメントを高め、ストレス要因を減らすことが、効果的な介入の優先順位と考えられる。
- 抑うつ症状が強い場合は、ストレス要因が増加し、心理的ディタッチメントも高まらないため、抑うつ症状への対処を優先すべきと考えられる。
目的
職場の過度なストレスは心身の健康を損ね、パフォーマンスの低下や離職の増加を引き起こす。仕事以外の時間に仕事から物理的にも心理的にも離れることである「心理的ディタッチメント(PD: psychological detachment)」は、ストレスからの回復に不可欠である。ストレス・ディタッチメント・モデルによれば、PDはストレス要因とストレス反応(交感神経系の亢進に伴う心身変化)との間の関係を媒介・調整する。つまり、ストレス要因は直接ストレス反応を引き起こすだけでなく、PDの低下に伴う回復の阻害によってストレス反応を増加させる。同時に、日々のPDが十分であれば、ストレス要因によって生じるストレス反応は低く抑えられるが、十分でなければ、この緩衝効果は働かず、ストレス反応が増加する。本研究は、長期に渡るこれらの関連を定量的に検証することを目的とした。
方法
調査会社のパネルから日本の労働人口の構成比に合わせて対象者を選定した。2016年10月と2019年2月にウェブ調査を実施し、回答が得られた3,556名のデータを解析した(追跡率30.32%)。ストレス要因、PD、ストレス反応(抑うつ症状)、ストレス要因とPDの交互作用について、構造方程式モデリング※により2時点の各2変数間の直接的な関連を検証した。さらに、分散分析によりストレス要因とPDの高低の組み合わせによる2時点間の抑うつ症状の差を検証した。
結果
構造方程式モデリングの結果、最も高い適合度が得られたモデルは、逆因果を含む部分媒介と調整を含むモデルであった。また、分散分析の結果、ストレス要因とPDの高低の組み合わせの効果が有意だったのは、ストレス要因が高得点から変化なし(F(3, 1213) = 4.17, p < 0.001)、低得点から変化なし(F(3, 1340) = 4.83, p < 0.01)、高得点から低得点へ変化(F(3, 512) = 2.97, p < 0.05)の3群であった。
考察
2時点の変数間の関連からの解釈であり、今後複数回の測定に基づく検証も必要ではあるが、本研究は、28か月間隔のストレス要因と抑うつ症状の関連に対するPDの媒介・調整効果及び抑うつ症状からPDを介したストレス要因への逆因果効果を示唆した。ストレス要因は長期に渡り、直接抑うつ症状を引き起こすだけでなく、PDの減弱を通して抑うつ症状を強めている。また、PDは、ストレス要因から抑うつ症状への直接的な影響を緩和する。さらに、抑うつ症状は、直接ストレス要因の増加に寄与するだけでなく、PDの減弱を介して、ストレス要因を増加させる。PDの緩衝効果については、ストレス要因が高値もしくは低値を維持している場合か、高値から低値に変化している場合に生じる。ストレス要因が増加している局面では、まずはそれを止める必要があると考えられる。以上から、ストレス要因、PD、抑うつ症状のそれぞれを標的とした取り組みを職場の現状に合わせて行う必要があると考えられる。
※構造方程式モデリングとは、複数の変数間の関係性を検証するための統計的な手法の1つ。変数間の関係を数理モデルで記述し、パラメータの推定とモデル適合度の確認を行う。
キーワード
心理的ディタッチメント、回復、仕事ストレス、産業保健、媒介要因、調整効果
出典
Kiuchi, K., Sasaki, T., Takahashi, M., Kubo, T., Yoshikawa, T., Matsuo, T., & Liu, X. (2023). Mediating and moderating effects of psychological detachment on the association between stressors and depression: A longitudinal study of Japanese workers. Journal of Occupational and Environmental Medicine, 65(3), e161-e169.