第97回日本産業衛生学会報告:その3
RECORDsメンバーが産業衛生学会において発表
令和6年5月22日~25日の4日間、広島市で開催された第97回日本産業衛生学会においてRECORDsメンバーが発表した内容を報告します。
労働安全衛生総合研究所過労死等防止調査研究センターでは、2015年4月より過労死等の効果的な防止に関する調査研究を進めてきました。これまでに得られた知見をもとに業種の実態に即した有効な防止対策を議論し、実装を目指す「対策実装」研究をスタートさせ、現在は、運輸業・建設業を重点業種として調査研究を行っています。
運輸業は、過労死等(脳・心臓疾患、精神障害)の労災認定件数が業種別で上位を占めており、ドライバーの健康確保は道路の安全確保の観点からも社会的な課題です。2024年度から時間外労働の上限規制が始まり改善基準告知が改正されることを契機に、業界あげて取り組みを加速させようとしています。
本シンポジウムは、当事者である業界団体や運送業事業者から2024年問題に向けた取り組み状況の報告をいただき、支援する産業保健職としてこの社会課題に何が出来るのか考えていく時間として企画されました。
◎シンポジウム20
【日時】5月25日(土)13:40~15:40 【場所】第2会場
【テーマ】デューデリジェンス視点からの運輸業における過労死等防止の実践
~知見を生かした中小事業場産業保健サービスの新しい試み~
【座長】高橋正也(労働安全衛生総合研究所過労死等防止調査研究センター)
中辻めぐみ (社会保険労務士法人中村・中辻事務所)
【演者】
■運輸業における過労死の実情
酒井一博(公益財団法人 大原記念労働科学研究所)
■トラック運送業界の過労死等防止対策の取組
大西政弘(全日本トラック協会 交通・環境部 調査役)
■中小企業の事業運営の要は人的資本にあり!
下村由加里(株式会社ハンナ)
■研究成果と現場をつなぐ
~過労死等防止対策実装研究班での中小事業場向け人権デューデリジェンス支援対策の模索~
中西麻由子(なかにしヘルスケアオフィス)
運輸業における過労死の実情
トラックドライバーの健康安全の向上に取り組んでこられ、過労死等防止対策実装チームのリーダーである酒井一博氏(大原記念労働科学研究所)から「運輸業における過労死等の実情」と題して、トラックドライバーの過労死等の状況、2024年問題を紐解いていただきました 。その上で対策実装研究の必要性と産業保健職としてこの問題を捉える社会的意義を解説しました。
トラック運送業界の過労死等防止対策の取組
全日本トラック協会で交通事故防止や労災防止に携わっておられる大西政弘氏(全日本トラック協会)から、過労死等の撲滅に向けた業界団体としての取り組みを紹介いただきました。荷主等を巻き込んだ長時間労働改善、定期健康診断受診率向上、健診結果を踏まえたハイリスクドライバーへの対応強化、睡眠確保や日常点呼での健康管理などを通じて、社会インフラを支える業界としての責任を果たす必要性や、産業保健職等への期待も示されました。
中小企業の事業運営の要は人的資本にあり!
奈良県の運送事業者 「株式会社ハンナ」の代表取締役、下村由加里氏より、「中小企業の事業運営の要は人的資本にあり」と題し、会社も従業員も成長するための企業活動について紹介いただきました。従業員を個人として尊重し、変化を恐れずにチャレンジする企業文化を醸成し、信頼を得て収益を高め、若手が入社する選ばれる企業となっています。社会貢献活動も行い、周囲を巻き込んで業界価値向上に取り組む姿勢についてのお話から、経営者の姿勢次第でドライバーと運輸業界を守ることができることを教えていただきました。
研究成果と現場をつなぐ ~過労死等防止対策実装チームでの中小事業場向け人権デューデリジェンス支援対策の模索~
研究チームを代表し、対策実装チームの活動を紹介しました。全日本トラック協会と連係した「ハイリスクドライバー選定の手引き」とハイリスクドライバーの実状、過労死等防止研究から得られた知見を生かした従業員の声を生かしより良い職場にするための改善ツールである「運輸業版アクションチェックリスト」、小規模事業場の産業保健活動の障壁を越えるため助成金を活用した「訪問型産業保健支援サービス」の開発、国連のビジネスと人権に関する指導原則の中ですべての企業に求められる人権デューデリジェンスに活用できる「事業場用セルフチェックシート」の4テーマを報告しました。開発中のツールは現場で使用いただきながら、その声を生かしてより良いものにしていきたいとメッセージを発信しました。
対策実装チームは、過労死等を減らすために現場で有用な方法の開発に取り組んでいます。シンポジウムでは会場からの質疑等を通じて相互理解を深めることができたと感じました。対策の重点業種である運輸業の現状と運輸業界が変わろうとする姿勢を共有し、過労死等防止に携わる関係者が新たな気持ちで取り組む契機になれば、この社会課題を改善させる一歩となることでしょう。
取組中のツール等を公開する機会を増やし認知を高め、関係者との意見交換の機会を増やすことなどを通じ、過労死等防止対策が前進することに今後も積極的に寄与していきたいと考えています。