第97回日本産業衛生学会報告:その2
RECORDsメンバーが産業衛生学会において発表
令和6年5月22日~25日の4日間、広島市で開催された第97回日本産業衛生学会においてRECORDsメンバーが発表した内容を報告します。
建設業における過労死・過労自殺の実態からみた産業保健チームへの期待
「シンポジウム10 未来を創る大規模工事のための安全衛生のあり方」に参加し、「建設業における過労死・過労自殺の実態からみた産業保健チームへの期待」というタイトルで講演を行いました。
現在、日本中で防災目的や、国民の生活を向上させるための重要なインフラ整備が計画されています。これらの大規模工事では、注目を集めているリニア中央新幹線計画のように、大深度地下工事などの高度な技術が必要とされるものが多く、それを担っている建設業者の安全衛生に対する関心も高まっています。
本シンポジウムは、このような大規模工事作業者のための安全衛生のあり方について、多角的な立場から意見交換することを目的に企画されました。
これまで行ってきた建設業の過労死事案の分析結果から、建設業の過労死等の実態や特徴、防止するための視点等について報告し、現場に関わる産業保健チームのあり方やその役割の重要性についての発表を行いました。2024年4月から建設業においても時間外労働の上限規制が始まりました。働き方改革を魅力ある建設現場づくりの起点とするために、産業保健専門職の役割に大いに期待がかかります。(吉川徹)
道路貨物運送業における精神障害による過労死等の労災不支給事案の検討
道路貨物運送業は、精神障害による労災の件数が多い業種であり、メンタルヘルス対策が必要であると考えられています。労災認定された支給事案を分析した研究では、精神障害は事故等に起因するもの、長時間労働に起因するものが多く、背景要因として対人関係の問題があることが分かりました。今回は、労災認定されなかった労災不支給事案について分析を行った結果について発表しました。
疾患名を見ると、上位3つは全業種と同様でしたが、支給事案と比較すると不支給事案はPTSD(心的外傷後ストレス障害)が少なかったこと、原因となる心理的負荷は、事故事案を除けば「上司とのトラブル」などの対人関係や、仕事の量・質に該当する「仕事内容の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」が多いことが分かりました。事故対策を含め、長時間労働対策とハラスメント対策が必要であることが示唆されました。
会場の参加者からは、不支給事案の例について質問が出ましたが、正しく理解してもらうためには支給事案の丁寧な説明をきちんと行うことが必要であると感じました。(茂木伸之)
過労死前の前駆症状を活用して開発した調査票「過労徴候しらべ」に関する発表
「過労死事案に基づく「過労徴候しらべ」へのトラックドライバーの不規則勤務の影響」と題して、RECORDsで開発した調査票「過労徴候しらべ」を用いて、不規則勤務の影響を調査した結果を発表しました。「過労徴候しらべ」は脳・心臓疾患の労災申請時の調査復命書に記載されていた前駆症状を利用して開発された調査票です。過労死最多職種であるトラックドライバーで長時間労働や交代勤務とは異なる不規則勤務が多く行われている点に着目して、勤務パターンと過労徴候しらべの得点の関連性を検討し、地場昼間よりも地場夜間早朝の勤務で「過労徴候しらべ」得点が高いことを報告しました。(松元俊)
加えて、「過労徴候しらべ改訂版の開発とCOSMINに基づく妥当性検証」というタイトルで、「過労徴候しらべ」を尺度開発の国際的なガイドラインであるCOSMIN(COnsensus-based Standards for the selection of health Measurement INstruments)に基づいて開発を進めている改訂版「過労徴候しらべ」について発表しました。記述式調査、インタビュー調査を通じて459名の労働者へのWEB調査を実施した結果、内的一貫性と構造的妥当性が認められたことを報告しています。(木内敬太)
精神的体力(メンタルフィットネス)の評価ツール開発に向けた取り組み
「体力」というと、筋力など身体機能のイメージが先行しますが、学術的には身体的要素と精神的要素の2面から体力をとらえようとする考えが古くからあります。精神疾患を患う労働者が増加している昨今、私たちは労働者の健康問題を、身体的体力(フィジカルフィットネス)と精神的体力(メンタルフィットネス)の両面から検討していく事を研究テーマとしています。
今回は、メンタルフィットネスの評価方法を確立するための実験を行ったので、その結果を発表しました。「メンタルヘルス」のテーマが集まったセッションでの発表であったのですが、産業衛生学会ではメンタルヘルスのセッションはいつも人が多く、メンタルヘルスの問題への関心の高さがうかがえます。会場の参加者からは、メンタルフィットネス研究の今後の展開についての質問がありました。この研究の次の段階としては疫学調査を計画しています。(松尾知明)
職場や自宅で自己測定可能な心肺持久力評価方法の検討
体力科学チームでは、心肺持久力(CRF)の簡便な評価方法としてJ-NIOSHステップテスト(JST)を開発し、先行研究でその妥当性や信頼性を示してきました。最近の研究では、JSTの汎用性を高めるため、ステップ台を不要としスマートウォッチで心拍数を自分で測定できるJST2を開発しました。今回の発表では、労働者131人の測定から得たJST2の妥当性と信頼性の検証結果について報告しました。心拍測定方法や不整脈への対処方法、具体的な動作についてなど会場の参加者から多くの質問がありました。(村井史子)