RECORDsの取組み

【学会報告】ヨーロッパ睡眠学会(Sleep Europe 2024) 第一報

【学会報告】ヨーロッパ睡眠学会(Sleep Europe 2024) 第一報
目次

ヨーロッパ睡眠学会に参加

2024年9月24日~27日の4日間スペインのセビリアで開催された、Sleep Europe 2024 – The 27th Congress of the European Sleep Research Society(第27回ヨーロッパ睡眠研究学会議)に、RECORDsメンバーが参加しました。

国際学会「Sleep Europe」とは

本学会は睡眠をテーマにした世界でも最大級の学会で、今回は約3,700名の参加者で1,700の演題が発表されました。このSleep EuropeはアメリカのSLEEP学会とともに世界的な睡眠研究者が集まる場として知られています。また、大きな特徴としては日本の睡眠学会とは違って病気や障害等の睡眠研究がメインではなく、健常者や労働者等を対象とした非臨床系の研究発表が多いという点があげられます。ttps://esrs.eu/sleep-congress/

学会会場の風景学会会場の風景

発表内容の紹介

RECORDsの現場介入チームで実施した、AIによる勤怠スケジューラーを活用した交代勤務に従事する介護労働者への介入調査の結果を発表しました。

【タイトル】
  Use of AI shift-scheduler app for improving sleep among shift-working caregivers: 4-month interventional study with cross-over design
交代勤務に従事する介護労働者を対象にしたAIシフトスケジューラーアプリによる睡眠改善の効果: クロスオーバーデザインによる4ヶ月間の介入調査)

【演者】
  久保 智英 (過労死等防止調査研究センター 上席研究員)
【概要】
 調査は、35名の交代勤務に従事する介護労働者を対象に、AI勤怠スケジューラー(シンクロシフト )が疲労回復に望ましい要件を反映して自動作成されるシフトスケジュールで働いた2か月間と、従来通り、シフト管理担当者が手動で作成したシフトスケジュールで働いた2か月間をクロスオーバーデザインで比較しました。なお、AI勤怠スケジューラーに反映させる疲労回復要件は、「職場の疲労カウンセリング」、つまり事前に対象となった職場の職員数十名に、1名1名、個別にヒアリングをして抽出されたものです。具体的には、1)逆循環のシフト抑制、2)連続勤務の制限、3)勤務間インターバルの確保、4)夜勤後の休日の確保でした。参加者が、調査期間中毎日装着した、指輪型の生体デバイス(Oura ring, Oura Health Oy)によって、睡眠を評価しました。その結果、勤怠スケジューラーを使用した条件で、深い睡眠とレム睡眠の有意な増加が認められました。
【参考資料】
 本研究の成果がRECORDsの報告書と過労死白書に公開されています。
 報告書;https://records.johas.go.jp/report/147
 過労死白書;https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001314692.pdf

ポスター発表(久保上席研究員)

交代勤務耐性と脳クリアランスのシンポジウムの紹介

興味深かったシンポジウムを2つご紹介します。交代勤務耐性(Shiftwork tolerance)をテーマにしたシンポジウムと、学会のホットトピックスとしても注目されていた、睡眠中に脳内の老廃物を洗い流すとする「脳クリアランス(Brain clearance)」のシンポジウムです。

交代勤務耐性(Shift work tolerance)のシンポジウム

【シンポジウム名】
  Shift Work Tolerance: An intergrative approach
【座長】 
  Prof. Dr. Ingvild Saksvik-Lehouillier (Trondheim, Norway)
  Dr. Eva Schernhammer (Vienna, Austria)
【演者】
 ■ New perspectives on individual differences in shift work tolerance
   Prof. Dr. Ingvild Saksvik-Lehouillier (Trondheim, Norway)
 ■ Genetic risk score of clock resilience and its utility in predicting individual vulnerability to night work and chronic disease risk
   Dr. Magdalena Zebrowska (Vienna, Austria)
 ■ Multivariate genome-wide association study of diurnal rhythm disruption and it's links to human well-being
   Dr. Angus Burns (Boston, United States)
 ■ The importance of tailored interventions for sleep- and circadian related outcomes
   Dr. Katie Stone (United Kingdom)

Dr. Saksvik-Lehouillierの発表

交代勤務耐性とは?

交代勤務耐性とは交代勤務によるネガティブな影響、たとえば、眠気や疲労、不眠、消化器系などの問題が顕在化せずに交代勤務への適応ができる能力です。本シンポジウムの座長を務めるノルウェーのDr. Saksvik-Lehouillierから冒頭で交代勤務耐性に関するこれまでの研究が紹介されるとともに「交代勤務耐性は普遍の状態なのか、変化する状態なのか?」という問いが紹介されました。くわえて、交代勤務耐性について情動制御(emotion regulation)を考慮することが重要であるとして彼女の最新の知見が紹介されました。

情動制御とは?

ちなみに情動制御とは、自分自身の情動に対する気づきや、情動がどのように経験されて表出されるのかに影響するものと定義されていました。結果としては交代勤務耐性によるネガティブな影響は情動制御が媒介して睡眠やウェルビーングに影響していて、より良い情動制御ができている交代勤務者はそうではない交代勤務者に比べて交代勤務耐性が低かったことから、情動制御へのトレーニングが交代勤務耐性を高めるための対策になり得るのではないかと結論付けていました。

Dr. Magdalena Zebrowskaの発表

交代勤務耐性によるリスクを未然に予測して対策を立てるためにClock risk scoreを開発している現在進行中の研究プロジェクトの成果の一部について紹介されました。結果から、遺伝子などの情報も組み込んだClock risk scoreの得点は循環器、腎臓、代謝に関する状態と密接に関連していることが示唆されました。この指標を用いて、将来的には交代勤務の耐性が低いものの予測や予防対策につなげたいとして発表が終えられました。

Dr. Angus Burnsの発表

「睡眠の規則性が健康にとって重要であることが分かってきたものの、それに関する遺伝的な要因については分かっていない」ということを研究の動機として、睡眠の規則性と遺伝的な要因の関連性を検討して発表していました。

交代勤務障害や高齢者の概日リズム障害に対する介入アプローチとしては、認知行動療法を含む行動的なアプローチ、光療法、メラトニンなどの薬理療法、シフトのタイミングや仮眠、食事や運動などがあると紹介されました。しかし、それらの介入が誰しもに等しく効果的ではないことと、どの介入が個々人に対して最も効果を発揮するかについてはあまり研究がなされてないことが指摘されました。そこで、本発表では「患者が望む療法を選択させて実施した方が効果的なのではないか」という仮説のもと、不眠症の患者に対して本人の望む療法を選択させてその効果を検討した研究が報告されました。

シンポジウムを聞いて

交代勤務の問題は古くから続く重要なテーマです。労働者の疲労をテーマにして研究をしてきた者としては、交代勤務耐性という考え方は理解できますし、現実に存在するのだと思います。しかし、交代勤務耐性が低いから労働者から交代勤務で働く選択肢を奪うような、ある意味「選別」につながるテーマでもあるので、労働衛生の研究として交代勤務耐性が低い人でも健康に安全に働き続けられる視点での研究が重要であると思いました。

脳クリアランスのシンポジウム

【シンポジウム名】
  Snooze and Cleanse: Understanding the Role of Sleep in Brain Clearance
【座長】 
  Eva Van Heese (Amsterdam, Netherlands)
  Pierre-Hervé Luppi (Lyon, France)
【演者】
 ■ Animal models of brain clearance: the role of sleep
   PhD Erik Bakker (Amsterdam, Netherlands)
 ■ Imaging neural, vascular, and cerebrospinal fluid dynamics of sleep
   Dr. Danlei Chen (Cambridge, United States)
 ■ Imaging techniques to assess the glymphatic system in humans
   Dr. Lydiane Hirschler (Leiden, Netherlands)
 ■ Clinical perspectives: how to improve brain clearance in health & disease
   Dr. Rolf Fronczek (Leiden, Netherlands)

脳クリアランスとは

「脳クリアランス(Brain clearance)」は、今までの睡眠の機能として身体回復、免疫機能サポート、記憶の定着、ホルモンバランスなどが議論されてきましたが、睡眠中に脳内の老廃物を洗い流しているとする新しい睡眠の機能として注目されています。本シンポジウムでは、そのメカニズムや測定方法、今後の発展性について議論されました。

シンポジウムを聞いて

今回、睡眠中の脳クリアランスの機能によって脳内の認知症につながるβアミロイドが除去されるという発表を聞いて、勤務の関係で睡眠を十分に取りにくい夜勤・交代制勤務者における認知症リスクの上昇を示唆する知見は、この脳クリアランスが関係しているのかもしれないという感想を受けました。

勤務間インターバルや睡眠不足が社会的交流に及ぼす影響に関する発表

特に興味深かった発表をご紹介します。

Simulated Quick Returns in a Laboratory Context. Effects on Pre-Sleep Arousal, Sleep, Sleepiness, Mood, and Cognitive Performance: A Crossover Controlled Trial

ノルウェーのDr. Øystein Holmelid(ベルゲン大学)らは11時間未満の勤務間インターバル(クイック・リターン)の影響を実験的に検討した研究を報告していました。66名の参加者を対象に、1)クイック・リターン条件(夕勤[15:00-23:00]から日勤[7:00-15:00]の勤務間インターバルが8時間の条件)と、2)統制条件(日勤から日勤の勤務間インターバルが16時間の条件)を設けて主観的眠気や認知機能検査を比較していました。結果、クイック・リターン条件の方で睡眠時間の減少や睡眠の質の低下、主観的眠気の増加が統制条件に比べて観察されていました。しかし、その後の日中の検査では主観的眠気のみで有意差が観察されただけで認知機能検査では両条件に差は認められなかったという報告がなされていました。

https://doi.org/10.1080/00140139.2024.2335545

The quality of a brief social interaction is resilient to sleep restriction

スウェーデンのDr. Tina Sundelin(ストックホルム大学)らは106名の健常な参加者を対象に8~9時間睡眠を2晩、4時間未満の睡眠を2晩の2条件を設けて、両条件とも睡眠後、他の被験者と同じ部屋で11分間、お互いを知るため、交流するように教示しました。その間の発話や感情表現などが記録されて、睡眠不足が社会的な交流にどのような影響を及ぼすのかが検討していました。結果としては、社会的な交流へのモチベーションは統計的に有意に睡眠時間が短い条件の方で低下していたが、交流自体には有意差は検出されなかったというものでした。

最後に

ヨーロッパ睡眠学会の一部をご紹介いたしましたが、ここで紹介しきれないぐらい大変、多くの興味深い研究が発表されていました。今回、見聞きしたことについては、今後の研究に大いに示唆を与えるものが多かったです。
次回の学会は2026年にSleep Europe 2026 – The 28th Congress of the European Sleep Research Societyとして、オランダのマーストリヒトで2026年10月20~23日の日程で開催されます。

久保 智英(くぼ ともひで)
記事を書いた人

久保 智英(くぼ ともひで)

過労死等防止調査研究センター(RECORDs)の上席研究員で、専門分野は産業保健心理学、睡眠衛生学、労働科学。労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所の他、産業医科大学での職歴を持つ。フィンランド国立労働衛生研究所での客員研究員としての活動も経験。モットーは「やってやれないことはない、やらずにできる訳がない」。研究のイロハを教えてくれた師匠たちを尊敬している。