睡眠の損失は、個人、集団、社会のいずれのレベルでも他者への援助を抑制する

睡眠の損失は、個人、集団、社会のいずれのレベルでも他者への援助を抑制する
目次

出典論文

Ben Simon E, Vallat R, Rossi A, Walker MP. Sleep loss leads to the withdrawal of human helping across individuals, groups, and large-scale societies. PLoS Biol. 2022 Aug 23;20(8):e3001733.

著者の所属機関

カリフォルニア大学バークレー校・心理学部・ヒト睡眠科学センター(米国)

Center for Human Sleep Science, Department of Psychology, University of California, Berkeley, California, United States of America.

内容

この研究では、不充分な睡眠は他者への援助を妨げるかどうかを三段階にわたって検討した。第一段階(個人を対象にした実験)では、健康な若年参加者24名に対し8時間睡眠と徹夜との双方の実験を行った。8時間睡眠の後に比べて徹夜の後では、他者への援助が必要な模擬場面における援助の意思が低下するとともに、同時に行った脳の画像検査によれば、他人の状況を理解したり、おもんぱかったりする部位の活動も低下していた。第二段階(集団を対象にした日記調査)では、健康な中年参加者136名が平日4日間の睡眠状態と、第一段階と同様の援助意思をオンラインで回答した。その結果、臥床していた時間に対する実際に眠っていた時間の割合(=睡眠効率)が低い、つまり睡眠の質が悪いと他者を助ける意思は低下した。また、睡眠の質が前夜から次の夜に悪化するのにつれて、援助意思は下がることも判明した。なお、睡眠の長さ(平均7時間超)について有意な効果はなかった。第三段階(社会を対象にした大規模データ解析)では、国全体として睡眠の変わり得るデイライト・セイビング・タイム(日本ではサマータイムと呼称)と他者への金銭的援助である寄付との関連を調べた。米国では3月第2日曜日の午前2時が3時に進む(春の前進)。この夜中の切替により、睡眠に充てる時間は1時間短くなる。そして、11月第1日曜日の午前2時が1時に戻る(秋の後退)。2001年から2016年における某慈善団体への寄付の大規模データ(のべ340万件)を解析したところ、「春の前進」後の一週間は寄付額が一割減った。それに対して、米国内でもサマータイムのない二州(アリゾナ州とハワイ州)をみると、寄付は減額していなかった。なお、「秋の後退」では同様の変化は認められなかった。以上の結果から、睡眠を充分にとっていないと他者を援助しようとする意思が抑えられると結論づけた。

解説

良い睡眠は働く人々の健康と安全に不可欠であり、感情の安定にも有効である。最近の研究では、睡眠が充分であると、他者への攻撃性やハラスメント行動は抑えられると示されている。今回紹介した研究では、①個人:睡眠の実験的な剥奪、②集団:通常生活での睡眠効率の増減、③社会:サマータイムの春の切替という三段階から、不充分な睡眠と他者援助の抑制という関連を証明した。この知見を逆に読めば、良好な睡眠は他者への援助を促すと言える。職場の心理社会的要因に関する研究によれば、上司や同僚からの支援は難しい仕事の解決、人間関係の安定、心理的ストレスの緩和などに役立つ。近年の職場環境はますます複雑化しているため,睡眠をしっかりとって、お互いに助け合いながら善い仕事につなげることが大事になる。なお、サマータイムの春の切替に伴って睡眠に充てる時間は1時間(睡眠時間では数十分)短縮するが、その心身への負担は深刻であるとして国内外の専門学会はサマータイム廃止を主張している(日本睡眠学会 2012、生物リズム研究学会 2019、米国睡眠医学会 2020、米国睡眠学会 2022)。

高橋 正也(たかはし まさや)
記事を書いた人

高橋 正也(たかはし まさや)

過労死等防止調査研究センター(RECORDs)のセンター長で、専門分野は産業睡眠医学。過労死等研究では、各班の研究を支援しつつ、研究代表として全体を統括。研究者としてのキャリアは、労働省産業医学総合研究所の研究員から始まり、その後、米国ハーバード大学医学部ブリガム・アンド・ウィメンズ病院・睡眠医学科の博士研究員を経て、現在の地位に至る。睡眠、生体リズム、勤務スケジュール、職場の心理社会的環境、過重労働が研究テーマ。また、仕事とプライベートのオンオフのバランスを重視しており、オフの時間は家族と過ごすことを楽しみにしている。