自殺で亡くなった人の毛髪コルチゾールに関する研究:健常者やうつ病患者との比較分析

自殺で亡くなった人の毛髪コルチゾールに関する研究:健常者やうつ病患者との比較分析
目次

出典論文

Karabatsiakis A et al., Hair cortisol level might be indicative for a 3PM approach towards suicide risk assessment in depression: comparative analysis of mentally stable and depressed individuals versus individuals after completing suicide
EPMA Journal 2022 13:383–395.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36061827/

著者の所属機関

Department of Clinical Psychology II, Institute of Psychology, University of Innsbruck, Innsbruck, Austria

インスブルック大学、心理学研究所、臨床心理学第II部門(オーストリア)

論文の内容

うつ病と自殺行動は相互に関連するストレス関連の精神的健康状態であり、それぞれ生物学的な検証が欠けている。予測、予防、個別化医療(predictive, preventive, and personalized medicine: 3PM)は、うつ病と自殺行動において非常に重要な概念である。先行研究では、うつ病患者では毛髪の中のストレスホルモンであるコルチゾールのレベル(hair cortisol level: HCL)が変化していることが報告されているが、自殺死亡者の毛髪のHCLに関するデータはない。本研究ではHCL3PMの新しいターゲットとして使用することを目指して、うつ病患者(n = 20)、自殺死亡者n = 45)、および精神的に安定した対照群(n = 12)のHCLの違いを検討した。HCLは根元から1cmおよび3cmの毛髪の部位を粉砕し、抽出したコルチゾールをELISAで測定した。3cmの部位については、うつ病患者では対照群よりも1.66倍、自殺死亡者では対照群よりも5.46倍、HCLが高いことが示された。また、自殺死亡者ではうつ病群よりもHCL3.28倍高いことが示された。それとあわせて、うつ症状の重症度とHCLの間に有意な関連が認められた。結論として、対照群と比較してうつ病患者のHCLが増加しているという発見が再現され、うつ病患者と比較して、自殺死亡者でさらにHCLが増加していることが確認された。効果的な患者層別化と予測アプローチを作成し、その後の医療サービスのターゲット予防と個別化を行うために、HCLの利用について追跡研究が必要である。

RECORDsメンバーによる解説

毛髪は生成される際に血中の様々なホルモンが取り込まれることが分かっており、ストレスホルモンとして知られているコルチゾールも毛髪から測定できることがわかっています。毛髪は1か月で約1センチ伸びるため、例えば、毛髪の根元から1センチの部分には最近1か月分のコルチゾールが蓄積されていると考えられています。本論文は、毛髪のそのような特徴を最大限に生かして、自殺によって死亡した人から毛髪を採取しています。つまり、毛髪は過去にさかのぼってコルチゾールを評価できるため、自殺前の生理学的状態を把握することが可能となります。本論文では、自殺死亡者の毛髪コルチゾールは、対照群やうつ病患者の群よりも値が高かったことが示されています。倫理的なハードルは非常に高い研究ですが、自殺とコルチゾールの関連を示した初めての初見であり、得られたデータは非常に貴重であると言えます。しかしながら、この研究では、各群の性別の偏りや、対照群の設定の問題などいくつか課題があり、自殺の予測・予防や個別化医療(3PMアプローチ)で役立てるためには、コホート研究など同質の集団において、自殺が発生したケースと発生しなかったケースを比較するような研究が必要だと考えられます。

井澤 修平(いざわ しゅうへい)
記事を書いた人

井澤 修平(いざわ しゅうへい)

過労死等防止調査研究センター(RECORDs)の上席研究員で、専門分野は精神神経内分泌免疫学、産業保健心理学、産業ストレス。早稲田大学先端科学・健康医療融合研究機構などでの職歴を持つ。現場介入チームでバイオマーカーの部分を担当し、ストレスや過重労働の生理的な影響を、唾液、毛髪、爪に含まれるホルモンなどによって評価している。モットーは「才能とは努力を継続できる力である」。オフの時間はインドア派で、TVドラマを見たり、ゲームをしたり、本を読んだりして過ごす。