多くの人が抱く「自分は平均より上」という“錯覚”はメンタルヘルスに役に立つ~その脳内メカニズムとは?~

多くの人が抱く「自分は平均より上」という“錯覚”はメンタルヘルスに役に立つ~その脳内メカニズムとは?~
目次

出典論文

Makiko Yamada, Lucina Q Uddin, Hidehiko Takahashi, Yasuyuki Kimura, Keisuke Takahata, Ririko Kousa, Yoko Ikoma, Yoko Eguchi, Harumasa Takano, Hiroshi Ito, Makoto Higuchi, Tetsuya Suhara (2013). Superiority illusion arises from resting-state brain networks modulated by dopamine. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, Volume 110, Issue 11, 4363–4367.

著者の所属機関

国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構 量子医科学研究所など

論文の内容

多くの人が「自分は平均以上だ」と思い込んでいる。しかし、「大部分が平均以上」という状況は統計的にあり得ない。よってこの思い込みは“勘違い”に他ならない。この勘違いを心理学では「superiority illusion(優越錯覚)」という。しかし、この非現実的で、自身に都合のよい“勘違い”は、私たちの心の健康を保つうえで不可欠な働きをしている。心理学研究では、「優越錯覚」は人類が進化の過程で身に着けた重要な特性であり、社会の発展に必要なものと考えられている。本研究は、この錯覚を生み出す脳内メカニズムの一端を明らかにすることを目的に行われた。

実験参加者は健康な男性(平均年齢23.5歳)24名である。心理テストにより優越錯覚、絶望感、不安感、自尊心を、ポジトロン断層撮像法(Positron Emission Tomography: PET)により脳内の神経伝達物質ドーパミン(正確にはドーパミン受容体)の動態を、機能的核磁気共鳴画像法(functional Magnetic Resonance Imaging: fMRI)により脳内の部位間連携の強さを、それぞれ評価した。

優越錯覚テストでは、大部分が「自分は平均より優れている」と認識し、優越感の程度は22%程であった。優越錯覚が大きい人ほど絶望感が低かった。不安感や自尊心については、優越錯覚と有意な関係はなかった。一方、PETfMRIを用いた解析では、脳の特定部位間(前頭葉前部帯状回と線条体)の連携が弱くなると、優越錯覚の程度が強くなり、また、その部位間の連携は脳内ドーパミン受容体密度が低いほど(脳内ドーパミン量が多いほど)弱くなることが分かった。前部帯状回と線条体は共に行動や認知を制御する役割を担う器官として知られている。つまり、前部帯状回と線条体の連携が強固な状態では「優越錯覚」が抑制されているが、ドーパミン量が増えることで、その連携が弱まると抑制が効かなくなり、「優越錯覚」(勘違い)が強まるという仕組みがあることが明らかとなった。

優越錯覚の背景にある脳内メカニズムを理解することは、人の心の本質や精神疾患の病態生理を理解するうえで重要である。本研究でその一端が明らかとなったが、前部帯状回と線条体の連携の強弱に影響を及ぼすのはドーパミンだけではない。さらなる研究が必要である。

RECORDsメンバーによる解説

筆頭著者の山田真希子先生の研究テーマ「逆境の中でも前向きに生きられる社会の実現」(https://www.jst.go.jp/moonshot/program/goal9/95_yamada.html)は、「ムーンショット型研究開発制度」に2021年に採択された、注目度の高い研究プロジェクトです。ムーンショット型研究開発制度とは、内閣府が主導する大型研究プロジェクト制度で、「少子高齢化や地球温暖化、大規模災害などの様々な課題解決に向け、日本発の破壊的イノベーションの創出」を目指すものです。最近の学会(2024年)で山田先生のご講演を拝聴しましたが、この論文発表から10年以上経過し、研究はさらに進展しており(https://www.jst.go.jp/moonshot/program/goal9/files/95_yamada_ap.pdf)、その内容は聴講者を惹きつけるものでした。論文では「depressive realism(抑うつ的リアリズム)」にも触れられています。うつ傾向にある人は現実をシビアに、正確に捉えているという考え方です。「優越錯覚」との対比で考えると、世の中の多くの人は、現状をポジティブに“錯覚”することで、将来を楽観的に捉え、“自分は状況をコントロールできる”と考える傾向があるのに対し、うつ状態にある人の方が、現状を正確に見ており、将来を悲観的に捉え、“自分は状況をコントロールできない”と考えてしまう構図がみえてきます。筆者らは論文内で、精神的健康を保つためには“適度な錯覚”が必要なのだろうと述べています。(一方で、”過度な錯覚”は良好な人間関係の妨げになる場合もありそうです。)

日本の国力衰退の危機が唱えられる中、メンタルに不調をきたす労働者が増加している現象も「優越錯覚」と無縁ではないのかもしれません。この論文を読んで、日本で働く人々の“錯覚”力が全体的に減衰しているのではないかと考えずにはいられませんでした。

一方で、本研究の知見はわずか24名のデータから得られたものである点には留意が必要ですし、論文内で著者らも述べていますが、本研究の結果だけでは何ともいえない部分もあります。人の「心」の状況を生み出す脳内メカニズムの解明はまだまだこれからの分野です。さらなる成果が期待されます。

優越錯覚とは少し異なる視点ですが、同類のテーマとして「労働災害リスクと楽観性バイアス」について、当研究所の谷部好子研究員の説明記事が研究所ウェブサイトに掲載されています。ぜひこちらもお読みください。https://www.jniosh.johas.go.jp/publication/mail_mag/2025/196-column-1.html

松尾 知明(まつお ともあき)
記事を書いた人

松尾 知明(まつお ともあき)

過労死等防止調査研究センター(RECORDs)の上席研究員で、体力科学チームと職域コホートチームに所属。専門分野は体力科学。労働者の体力(身体的体力・精神的体力)に関わる実験や疫学調査を担当している。研究者となる前は、会社員としてフィットネスクラブ運営業務やマーケティングリサーチ業務などに従事。