勤務後の仕事メールとオフの長さがサイコロジカル・ディタッチメント、活動量計による睡眠、唾液コルチゾールに及ぼす影響:IT労働者を対象とした1か月間の観察調査
インフォグラフ
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この研究から分かった事
・勤務時間外での仕事メールの影響は勤務間インターバルが短い場合には、在宅時間が短いのでそもそも勤務時間外でのやり取りが少ないことから、勤務時間外でのメール頻度の違いで疲労度やサイコロジカル・ディタッチメント(勤務時間外において仕事の拘束から心理的にも解放されているという感覚)、ルミネーション(仕事のことを繰り返し考えてしまうこと)に影響は見られませんでした。
・一方、勤務間インターバルが長い場合では、勤務時間外での仕事メールが多いと、疲労度やサイコロジカル・ディタッチメント、ルミネーションが悪化することが分かりました。つまり、勤務間インターバルが確保されていても勤務時間外での仕事メールのやり取りが多いことは働く人々の疲労回復を阻害するということです。
・唾液によるコルチゾール値では勤務時間外での仕事メールの頻度で差は観察されましたが、勤務間インターバルが短い場合では長い場合よりも悪化する傾向でした。この結果は勤務間インターバルを確保することの有効性を生理指標でも示唆した結果であると言えるでしょう。
目的
勤務時間外であるオフの量的な側面を規定した「勤務間インターバル制度」は新しい過重労働対策として有効な手立ての1つだと考えられて、現在、注目を集めています。一方、情報通信技術の発達によって、何時でも何処でも働けるようになった現代社会では、勤務時間外での仕事の連絡が働く人々の疲労回復を阻害する重要な問題になっています。
新型コロナの影響でリモートワークが全世界的に普及したこともあって、海外では「つながらない権利」によって勤務時間外での仕事の連絡を法律で規制する動きがみられます。本研究はIT労働者を対象にして、勤務時間外での上司や同僚からの仕事メールの頻度と勤務間インターバルの長さが疲労回復に及ぼす影響を検討しました。
方法
58名のIT労働者(平均年齢±標準偏差; 39.3 ± 6.2歳,女性37名)を対象に1か月間の連続観察調査(2015年10月~12月)を実施しました。測定項目に疲労度測定アプリ「疲労checker」、腕時計型睡眠計、唾液コルチゾールを設定しました。疲労checkerでは、就寝前にVisual Analogue Scale(VAS)法による勤務時間外での仕事メールの頻度、勤務間インターバルの長さ(時間)、起床後にVAS法による心理指標(サイコロジカル・ディタッチメント[※勤務時間外において仕事の拘束から心理的にも解放されているという感覚]、ルミネーション[仕事のことを繰り返し考えること]、疲労度)を参加者に毎日、記録してもらいました。
唾液コルチゾールは調査中の月曜日、金曜日、土曜日の起床直後と起床30分後に自宅で測定されて、その差分値を解析に用いました。解析の際、勤務時間外でのメール頻度(VAS値)は中央値、勤務間インターバルの長さは残業になる15時間以上と未満でそれぞれ2条件に分けました。統計解析はメールの頻度(高、低)とインターバルの長さ(長、短)の2要因のマルチレベル分析を行い、年齢、性別、曜日、婚姻、通勤時間を共変量として調整しました。
結果
インフォグラフに示されているように、勤務間インターバルが長い場合では、勤務間インターバルが短い場合に比べて心理指標である疲労感、サイコロジカル・ディタッチメント、ルミネーション(全てp<0.001)、睡眠時間(p<0.001)、唾液コルチゾール値(p=0.035)で良好な成績が観察されました。しかし、勤務時間外の仕事メールの頻度の高低の違いでは全ての指標で統計的な有意差は観察されませんでした。一方で、疲労度(p<0.001)、サイコロジカル・ディタッチメント(p=0.002)、ルミネーション(p=0.002)に交互作用が示されたので、下位検定で詳細に分析した結果、インターバルが短い場合、メール頻度が高くても低くても両方とも心理指標の悪化が認められました。しかしながら、インターバルが長い場合においては、メール頻度が低い時に比べて高い時に心理指標の悪化が観察されました(※インフォグラフの赤色のバーの箇所)。
考察
本研究から、勤務時間外の仕事メールの疲労への影響は勤務間インターバルの長さによって異なることが示されました。つまり、勤務間インターバルが確保されていたとしても、勤務時間外の仕事メールが多い場合には働く人々の疲労回復が阻害されることが示唆されました。
この知見は「つながらない権利」の今後のあり方について議論する場合、重要なエビデンスになると思われます。また、勤務間インターバルが長い時に比べて、短い時に生理指標である唾液コルチゾール値が有意に高かったことは注目すべき結果であると考えられます。なぜなら、夜勤・交代勤務者ではない日勤者を対象とした勤務間インターバルの研究は国内外でも数が少ないので、本研究は日勤者において勤務間インターバルを確保することが生理レベルでも有用であることを裏付けする知見になるからです。
ただし、本研究では在宅勤務の有無、勤務時間外での連絡内容(ポジティブ、ネガティブ)や手段(既読機能を有すLINE等やTeams等のグループチャット)の違いは検討されていません。したがって、そのような点も踏まえて今後の検討が必要であると思いますが、本研究の知見は何時でも何処でも働ける―Always-on work時代で働く労働者の疲労回復策について、オフの「量」を規定する勤務間インターバルに加えて、オフの「質」を確保する「つながらない権利」の重要性を示唆する知見だと考えられます。
キーワード
つながらない権利、勤務間インターバル、サイコロジカル・ディタッチメント
出典
Kubo T, Izawa S, Ikeda H, Tsuchiya M, Miki K, Takahashi M. Work e-mail after hours and off-job duration and their association with psychological detachment, actigraphic sleep, and saliva cortisol: A 1-month observational study for information technology employees. J Occup Health. 2021 Jan;63(1):e12300. https://doi.org/10.1002/1348-9585.12300
関連資料
*本研究を発展させて出社・在宅勤務時における勤務時間外の仕事の連絡が疲労度に及ぼす影響を検討した論文です。
- Ikeda, H., Kubo, T., Nishimura, Y., Izawa, S. (2023). Effects of work-related electronic communication during non-working hours after work from home and office on fatigue, psychomotor vigilance performance and actigraphic sleep: observational study on information technology workers. Occupational and Environmental Medicine, 80 (11), 627-634.https://oem.bmj.com/content/80/11/627
- 働き方(オフィス・在宅勤務)と勤務時間外の仕事の連絡が労働者の健康に及ぼす影響:9日間の観察調査 | 過労死等防止調査研究センター(RECORDs)
*「つながらない権利」について詳しく知りたい方は以下の講演動画をご覧ください。
- 久保智英「働く人々の疲労回復におけるオフの量と質の確保の重要性─勤務間インターバルと『つながらない権利』」
【労働政策フォーラム「ICTの発展と労働時間政策の課題─『つながらない権利』を手がかりに─」】 ⇒ 講演動画