運動習慣を長期的に定着させるにはお金を賭けさせると良い!? 1アメリカ企業の例から学ぶ動機づけ設計の大切さ

運動習慣を長期的に定着させるにはお金を賭けさせると良い!? 1アメリカ企業の例から学ぶ動機づけ設計の大切さ
目次

出典論文

Royer, Heather, Mark Stehr, and Justin Sydnor. 2015. "Incentives, Commitments, and Habit Formation in Exercise: Evidence from a Field Experiment with Workers at a Fortune-500 Company." American Economic Journal: Applied Economics 7 (3): 51–84.DOI: 10.1257/app.20130327

著者の所属機関

University of California, Santa Barbara, Drexel University, University of Wisconsin - Madison

論文の内容

健康行動を継続できたらお金や金券を渡すといった金銭的な動機づけを行うと、健康行動の実施率は短期的に強く増えるものの、金銭的な動機づけを辞めてしまうと、その増加効果は多くの場合に長期では消失してしまうことが知られています。
この研究では、1会社のジムでの運動に着目し、自己負担型のコミットメント契約(自身が会社のジムでの運動を継続できるかにお金を賭けさせること)が金銭的な動機づけで始めた運動習慣の長期的定着に寄与する可能性を検証しています。
1,900名の社員が勤める大規模な1職場において、1,000名の社員が参加したフィールド介入実験(RCT)によって、因果効果の検討をしています。

  • アウトカム:会社のジム利用継続の有無(ジム利用時の入館ログ)
  • 金銭的な動機づけプログラム: 会社のジム代の全額補助+1回のジム利用に$10を付与(週3回上限)
  • コミットメント契約:自身が会社のジムでの運動を、金銭的な動機づけプログラム後に8週間の間継続できるか自身のお金(プログラム参加で得たお金を含む)を自身の設定した額を賭けさせ失敗した場合にはお金は慈善団体に強制的に寄付される契約
  • 運動の継続失敗条件:会社のジムに14日以上連続で通わないことがあった場合

 実験参加者は、調査だけの回答者, 金銭的な動機づけのみ, 金銭的な動機づけ+コミットメント契約の提示を受ける の3群にランダムに分けられました。
実際にコミットメント契約を結ぶかは任意でした。契約を実際に結んだかを解析に入れてしまうと、コミットメント契約をする個人であるという性格の違い等の影響が入ってしまう(選択バイアスと呼ばれます)為、契約を実際に結んだかを考えずに、この研究では割り当ての①②③群の差のみに着目して線形回帰分析によって解析をしています。

主たる結果として①群とのジム利用の差に着目しました。
②の金銭的な動機づけのみでは、ジム利用増加効果はプログラム終了2か月目までで、3か月目以後はジム利用の増加効果は確認されませんでした。対して、③のコミットメント契約を提示した群では、16か月後まで継続してジム利用が増加しました。この結果から、コミットメント契約の提示が、ジム利用の継続に資する可能性を示唆しています。

この研究ではこの主たる結果以外にも、誰がある種の自罰的なコミットメント契約を結ぶのか?というと、実は怠惰さを補いたいと思っている新規の運動開始者のみならず元から運動をしていた個人も同程度結ぶという話や、金銭的な動機づけに反応して運動を開始する参加者の大半(65%)が元々別の場所で運動をしていた個人であり、新規の運動習慣開始者は35%程度しか無かった等の興味深い結果も示しています。

RECORDsメンバーによる解説

皆さんは運動をしていますか?運動は健康に良いと頭では理解できていても、中々実際に行動に移すのは非常に難しい話です。解説者も、ランニングを習慣化したい!と頭では思うものの、全く実行に移せておらず困っております。

運動をしたらお金や金券を渡すといった金銭的報酬で動機づけを行うと、報酬がもらえる間は頑張れるものの、報酬をもらい終わったら辞めてしまうという少し残念な研究結果が報告されています。
企業等の健康行動を促すための助成をする側にとっても、いつまでも金銭的な動機づけでサポートしなければならないのと、どこかで手を放しても自律的に健康行動を継続してくれるようになるのかでは、コスト面で大きな違いがあります。その為、何とかこの自律的な継続に繋がる手掛かりは無いかという話は、大きな興味対象となっています。

この研究では、自身が運動を継続できるかどうかに自身のお金を単に取り戻すか慈善団体への寄付をするかの賭けをする機会を金銭的な動機づけプログラム後に提示するだけで、一部の個人が自発的にそのような自罰的な枷となる賭けを行い、その賭けへの参加を通して運動習慣の定着に寄与する可能性があるという話を示しています。賭けに成功したら更に沢山お金がもらえるという状況ではなく、単に自分のお金を取り戻せるだけで、失敗したらお金が単に取られてしまうという点が非常にユニークです。

主たる結果以外にも、金銭的にプラスになることは一切無い賭けに13%の人々が参加するという結果は非常に興味深く、この結果は運動習慣を何としても身に着けたいと強く思っている個人が一定程度存在する可能性を示唆しています。

解釈の注意点として、このコミットメント契約の手法は、運動の継続モチベーションの低い人にいかにして運動習慣を持ってもらうか?の解決策にはならない点です。運動習慣を何としても続けたいと非常に強いモチベーションはあるけれども、自分のやり方では今までうまく定着しなかった人々の長期定着を促すには、ある種自身を縛る自罰的な枷となるような機会を用意するのが有効かもしれないという一例を示したのが本研究となります。著者らは、2週間に1回ジムに来るという非常に低いハードルで本当に良かったのか?等のハードルの設定方法は改善点であった可能性があるという話も述べています。

近年、企業が従業員を健康にするための取り組みや各種の社内の取り組みが広まり始めています。この研究の②群の結果と他の長期効果が無くなってしまう研究結果を考えると、この研究の③群の様に取り組みの設計を工夫すると非常に良好な効果を発揮する可能性がある一方で、逆に言えば設計を工夫しないと単なるお金の無駄となってしまう可能性もあるという点が想起されます。どういう動機づけの設計やプログラム内容が良いのかについては注意深く検討を進める必要性がありそうです。

加島 遼平(かしま りょうへい)
記事を書いた人

加島 遼平(かしま りょうへい)

労働安全衛生研究所 社会労働衛生研究グループ。 専門は労働経済学、応用計量経済学 (2023/02 経済学博士)。 割増賃金・ストレスチェックの政策効果の検証や、会社にとって労働者に運動をさせるとリターンは本当に十分にあるのか?の健康経営関連の研究を実施中。