中国の公立病院における、言葉の暴力と仕事満足度・エンゲージメントの関連

中国の公立病院における、言葉の暴力と仕事満足度・エンゲージメントの関連
目次

出典論文

Cao, Y., Gao, L., Fan, L., Zhang, Z., Liu, X., Jiao, M., Li, Y., & Zhang, S. (2023). Effects of verbal violence on job satisfaction, work engagement and the mediating role of emotional exhaustion among healthcare workers: A cross-sectional survey conducted in Chinese tertiary public hospitals. BMJ Open13(3), e065918. https://doi.org/10.1136/bmjopen-2022-065918

著者の所属機関

ハルビン医科大学 (Harbin Medical University)

論文の内容

中国では、医療従事者に対する身体的な暴力に関しては対策が進められてきましたが、一方で、言葉の暴力に関してはまだ対策がなされていない現状があります。そこで本研究では、言葉の暴力が医療従事者の情緒的消耗感や仕事の満足度、そしてワークエンゲージメントに与える影響を検証しています。

本研究の調査対象は、中国の3つの省・都市に位置する6つの三次公立病院で働く医療従事者(医者、看護師、医療技術者)でした。身体的暴力や性的な暴力があったケースを除外し、最終的に1,567名の参加者が解析対象となっています。

結果、ほぼ半数の参加者が過去一年に言葉による暴力を経験していました。そして言葉による暴力へのばく露は、情緒的な消耗の増加や、仕事に対する満足度とワークエンゲージメントの低下と有意な関連を示しました。一方で、離職意向に関しては有意な関連が見られませんでした。更に媒介分析では、情緒的消耗が言葉による暴力と仕事満足度やワークエンゲージメントの関連を部分的に説明することも示されました。

本研究は、中国の三次病院において言葉の暴力が深刻な問題であることを示しています。また筆者らは、医療従事者向けのトレーニングやサポート体制の整備が重要であることも指摘しています。

RECORDsメンバーによる解説

これまでにも、身体的な暴力のみならず言葉の暴力によっても労働者がネガティブな影響を受けることが複数の研究からわかっています。一方で、「言葉の暴力に特化した分析を、情緒的消耗や労働生産性に関する指標に焦点を当てて行った」点において、本研究は新しい知見を提供しています。

本研究では言葉の暴力が仕事の満足度やワークエンゲージメントと直接の関連を示すだけでなく、情緒的な消耗が起こることによって満足度やエンゲージメントが低下するといった間接的な関連も見られました。これは、言葉による暴力が労働者に影響するメカニズムを理解する一歩につながる可能性があります。また本結果から、医療従事者は高度な技術者という側面に加えて、感情労働者という側面を強く持つことが改めて示されたといえます。

他の研究では職場での暴力が離職意向を高めるという報告もありますが、本研究ではそういった関連は見られませんでした。この研究だけでは確かなことは言えませんが、中国の公立病院という調査対象に存在する文化的な要因や、職場の制度などがその背景として存在する可能性があります。

著者らによれば、言葉による暴力へのばく露が生産性の低下をもたらすと、長時間労働で蓄積した疲労によってさらに労働生産性が低下したり、コミュニケーション能力が低下したりして、さらに暴力にばく露されやすくなるという負のループが生じる可能性があります。またTable2では、様々な属性の違いによってばく露の頻度や影響が異なる可能性も示されており、今後の詳細な解析が求められます。

本研究の限界としては、参加者の自己報告に起因するバイアスの可能性と横断調査であるため因果関係には言及できない点が著者らによって述べられています。さらに、「言葉による暴力」の定義が個人間で異なる可能性や、職種・部門ごとの分析が不足している点、中国の公立病院で働く参加者のみを対象としたことに起因する偏りなどにも注意が必要だと考えられます。

西村 悠貴(にしむら ゆうき)
記事を書いた人

西村 悠貴(にしむら ゆうき)

過労死等防止調査研究センター(RECORDs)では、現場介入チームと心血管系チームに所属。専門分野は生理人類学・生理心理学。脳波などの生理指標を扱う実験系の専門性を生かして、夜勤・交代制勤務、長時間労働(運転)などに関する各種実験に関わっている。また、過労自殺事案の解析も担当していた。研究者になったきっかけは、ヒトがお互いに影響を与える背景や仕組みに興味を持っていたからである。オフの時は、自宅に小さなLinuxサーバーをおいて、おうちDXを目指して遊んで過ごしている。